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リサコラム
連載728回
      本日のオードブル

ある夏の日々

第9話

「いちごソーダの味」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




草原の
リゾート
ホテル
でも単なる
リゾートホテル
ではないようです。
ちょっと酸っぱく
ちょっと甘く
ほろ苦く、
いろんな
思いを
ひっくるめて
全部清算できる
素敵な宿のようです。




 







        

 第9話「いちごソーダの味」




 夏休みの3日間をやっと取れた私は草原のホテルにやって来た。ここは

いわば断食道場のような宿で、その中で私はトレッキングも体験しながらやっ

と3日間の断食を終えようとしていた。そのトレッキング体験で私は瑠璃さん

という私の倍くらいの年齢の女性と仲よくなった。瑠璃さんはチェックアウト

する前、私を見晴らしのいいラウンジに誘った。


            


 シックな赤やベージュ、アイボリーのクッションがたくさん並んだ大きな円

形のソファに腰かけると真正面には緑の濃淡で描いた低い山が折り重なるよう

に目の前に迫って来た。


            


 瑠璃さんと私は他愛ない世間話をしばらくした後、瑠璃さんが「私の過去を

お教えしましょうか?」といきなり、そんなことを切り出した。


            


 「いや、その、あの、過去?おっしゃいますと?」会ったばかりの人に

「私の過去」なんて言われれば、誰もが引くだろう。もちろん私も言葉に詰

まった。しかし、この断食道場にやって来た私にも、人に言えない恥ずかしい

過去のようなものは無きにしも非ずと思うと、それなら聞いてみようかという

気もちらっとした。


            


 「どんな過去なんですか?」私は思いきって聞いてみようと思った。

「あなた、サンティアゴ巡礼ってご存じ?」「サンティアゴ・デ・コンポステ

ーラ、ですよね、ああ、知ってます、世界遺産の、あの巡礼は有名ですよね」

「ええ。それ、それ。巡礼のルートはいろいろあるけどね、カトリック信者で

なくても観光コースとして憧れよね…。」瑠璃さんは、ほう~とため息をつい

た。「ここの景色もきれいよね~、でも、今日はことに美しいわ。あの山は安

達太良山2ってね、この地元も人たちは呼んでいるのよ」瑠璃さんは窓の外に

広がる広大な草原の向こうの小高い山々を指した。


            


 「安達太良山でなくて、安達太良山ツーですね」「そう。あなた、これ知っ

てます?『智恵子は遠くを見ながら言う。あだたら山の山の上に毎日出ている

青い空がほんとうの空だという』って、」「ああ、ええ、智恵子抄?でしたっ

け?確か、教科書で習ったような気が…」「習った?あなたはまだお若いの

ね。私なんて、高村光太郎と智恵子の愛の物語に心打たれたような世代だか

ら、それはもう、智恵子抄の詩なんて、すべて暗唱できるものよ」瑠璃さんは

私の顔を見てくすっと笑った。


            


 「でもね、ほんとうは何て山なのか、地元の人も知らないようなの。無名の

低い山だから、安達太良山2だと思っていたほうが断然ロマンチックだから

ね」私は瑠璃さんが強い光に目を細めながら、山の景色に見とれているかわい

い横顔を見た。


            


 「あの巡礼の道でもこんな美しい山をいくつも越えて行くのよ。その中でも

フランス人の道という過酷なルートを選んだの。約900kmのね」「それ

は、結構な距離数ですね」「そう、1か月はかかるわね。途中、随所に巡礼者

なら誰れでも安価で宿泊できるアルベルゲっていう簡易宿があって、そこで、

世界中の人たちと知り合って、それから一緒に歩き始めたりして、道々、拙い

英語で本音トークをするのよ。それこそ、みんな様々な過去を抱えているわ。

仕事の悩み、人間関係の悩み。まあ、一番多いのは離婚、病気かしらね?親子

関係の悩みも結構あるみたいね。それでも、見知らぬ他人同士、結構、あから

さまに何でも打ち明けられるものなのよ。ある人は刑期を終えてこの巡礼の道

を選んだ人もいたし、妻を失った後で仕事人生を悔い改めようと思った人、自

分の難病の克服を願って改めた人、そんな話を聞いていると、自分の問題が些

細に思えてきたり、逆にその問題に真剣に向き合う決意ができたり、解決はし

なくてもね。そんなこんなで、900kmを歩ききったらもう、みんな生まれ

変わったように別人になるの」瑠璃さんはうなずいている私の手の上に手を置

くと、優しくとんとんとたたいた。


            


 「それはきっとそうでしょうね、それで、瑠璃さんの問題って…」瑠璃さん

は私が言い終える前に、「何か飲みません?私のおごりで」と言った。

「いや、えっ?いいんですか?」「ええ、もちろん。袖振り合うも他生の縁

と、昔の人は言ったものよ。いちごのソーダなら、断食後にぴったりよ」そう

言うと瑠璃さんは近くのボーイさんに手を挙げた。


            


 「実はね、私の過去はそれだけじゃないの。四国のおへんろさんもやった

のよ。それも7回も」「7回ですか?それはすごい!」瑠璃さんは私に向かっ

てにっこり笑った。そしていちごソーダを一気に飲んだ。「あなたもどうぞ!

気分がすっきりしますよ」私も真っ赤ないちご色のソーダ水をごくんと飲ん

だ。それは想像を越えたとてもすっぱい味に私はいきなりむせた。


            


 「あら、大丈夫?けっこうすっぱいでしょう」瑠璃さんは、私の背中をとん

とんとたたいた。私はしばらく声が出せなかった。「でも、この味がとても癖

になるのよ。それでも毎日は飲めないの。1回の滞在に1回でいいって感じ

でしょ?でもね、だからまたこの味を味わいたくなってここに来るのよね。

それもおへんろと同じかな?でも、実は私の過去って、もっとあるの。禅寺で

の短期の修行は数限りなくしたし」「数限りなく?」私はまだ酸っぱさの残る

胸のあたりをこぶしをとんとんとたたきながら、瑠璃さんの顔を覗きこんだ。


             


 「私の恥ずかしい過去って、つまり、3日坊主ってことなの。何事も続かな

いのよ。これまであらゆる仕事を山ほど経験したわ。サービス業から、OL、

農業、手に職をつけようと思って、漆塗りの工房に弟子入りもしたわ。そして

パティスリーにも、料理人にも。でも何事も続かないの。それを何とか改善し

なければ、私はもうダメだって思って、1200kmの歩き遍路もやってみた

の」「なるほど、だから、巡礼とか、おへんろとかやられたってことなので

すね」


            


 「でもだめだった~」瑠璃さんはあっけらかんと言った。「実は、おへんろ

も、サンティアゴ巡礼も禅寺の修行も全部、3日でリタイヤしたのよ。結局、

三日坊主。でも、サンティアゴ巡礼も、四国のおへんろまでやらなくて、この

断食できるこのリゾートが私には最適だってわかったの。断食目的だから3日

間以上はいる人がいないのよ。でも、何度でもやって来れるのよ。つまり、

それでもいいとわかったの。三日坊主だってそれを続けてゆけば、それ相応の

経験値になるものなのよ。それでね、私みたいな三日坊主でも出会いがあった

の…」


            


 「出会い、ですか?」「そう。実は、ここで、ある人と知り合って、昨日、

結婚の約束をしたんです。そこまでが私の過去」瑠璃さんはそう言うと、こち

らに歩いて来た男性に手を挙げた。「あの人が、私の未来のだんな様。ここで

3日間のデートをかれこれ10年重ねて、やっとゴールインすることになった

の。この宿のオーナーなの」瑠璃さんは立ち上がると、その体格のいい中年を

過ぎた男性に手を振った。★「でもね、私ってこんな感じでしょ?長続きさせ

るには、最初は今まで通りの通い婚ってことにしたの。3日坊主だって重ねて

いけば、それも私の人生だしね」瑠璃さんは私に軽く手を振ると少女のような

初々しい笑顔で立ち去った。


            


 ひとりラウンジに残された私はすっぱすぎるいちごのソーダをまた一口飲ん

だ。断食後にはちょっと胃に厳しいが、確かに強烈に記憶に残る後味だった




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1
  
 断食道場、たしかに3日間以上は居たくないですね。
断食後に最初に味わう味は普段より強烈に感じるようです。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年9月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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