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マダム・ワトソン　My Style

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	連載７３３回　　　　　　桃源郷からの手紙第５話「狭き門」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル＆ラグジュアリーに暮らす」（ダイヤモンド社
紙の本＆電子書籍）（2006年6月）
「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
（電子書籍2014年8月）

道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

２０年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、Ｆ・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。

大理石の床
白い膨らんだ
石の手すり半屋外のバルコニー
見渡す中庭は鬱蒼とした森のように
木々がひしめき合っています。
そんな天空のレストランでは
美味なる料理が次々に
運び込まれます。
それに至る門は
狭いのか
広いのか
そこが
問題

　第５話　「狭き門」

　「私は神様に何度目かのお願いをした後、１０分ほど経ったように感じま

した。

　　　　　　　　　　　

　もちろん何ら変化はありません。誰も、いえ、猫さえ出てくる気配はない

のです。それならと私はティルームの部屋の様子を観察しました。私をあの散

らかった私の部屋に戻さないでいただけませんでしょうかという、身勝手なお

願いを神様は聞き入れてくださったのだと理解したら、次はやっと私を迎えて

くれる誰かがやって来て、そこにあたたかなお茶にお菓子が待っているような

気がしたのです。１０分ほどで私の願いが神様に通じるものか、あるいはもっ

と時間がかかるものなのかわかりませんが、シルクのローブを羽織った私はす

っかりこのゴージャスな邸宅の客人になったような気分でいたのです。ほんの

数時間前は正反対の自分のむさくるしい部屋に戻りたいなどと神様にお願いし

たことはもう忘れかけていました。

　　　　　　　　　　　　

　しかし、ふだんの私は、他人に何か用事をお願いされても、面倒だと感じた

ら後回しにするタイプの人間なのです。そうは言っても２０世紀に生まれた私

より、神様はずっと前からこの世界か銀河系かあるいは宇宙の高みにいる方の

はずだから、どんなにダメ人間の願いであろうと叶えて下さるはずだというの

が私の信じるところでした。そんな都合のいい性質に加え、花瓶の水を手です

くって飲んだとたん、別に変な味も、おいしい味もしませんでしたが、私に未

だなかったような優雅さが加わり、力水を得た気がしたのです。優雅さとはき

っと勇気の一つの現れではないでしょうか？私にはもう怖いものがなくなった

気分だったのです。

　　　　　　　　　　　　

　ティルームを見渡すと、目の前の壁の右手にはドアがあることに気づきま

した。私はすぐにそのドアノブに手をかけました。と、そのとき、壁を挟んで

向こう側に小さなドアがあることが判明したのです。ここからまたどこかに

別の部屋に通じるだろうと思いました。

　　　　　　　　　　　　

　「しかし、どっちから？」私はそこでぱったり体が動かなくなってしまった

のです。これはもしかしたら、神様に試されているのかもしれないという考え

が頭をもたげてきてどうにも動けなくなってしまったのです。簡単に言えば、

一つは天国、一つは地獄とでもいうようにです。

　　　　　　　　　　　　

　天国の方はそのドアの向こうに美しい中庭の庭園が広がり、それを囲む大理

石のバルコニーにはパルテノン神殿のような白い膨らんだ柱が回廊を作ってい

て、そこには丸いテーブルが置かれ、空色のようなテーブルクロスの上で、

あたたかな食事がいただけるのかもしれない。

　　　　　　　　　　　　

　そんな想像は次第に恐ろしい程のスピードで仮想現実化し、もうそうだと確

信してしまったのです。こんな時、私はまるで自分に超能力が備わっているの

だと思うようにできています。すると、私はもう何時間も何も食べていないこ

とに気づきました。とたん、地底から湧き上がってくるような空腹を感じま

した。

　　　　　　　　　　　　

　ああ、自然のおいしい空気を吸いながら香ばしいミルクコーヒーとパンが食

べたいと思いました。いや、その前にジャスミンの香りのシャワージェルを

たっぷり泡立てたバブルバスに浸かって、磨き上げたぴかぴかの肌にバスロー

ブを羽織るのが先だと思いました。そしてゆったりとしたあゆみでバルコニー

のテーブルに向かう。ジャスミンの香りをまだ放ち続ける髪の毛を涼しい風に

なびかせ、白いパイルのスリッパを通して石の冷たさを感じながら、鳥のささ

やき声、風に鳴る木々のざわめきを肌に感じながら。

　　　　　　　　　　　　

　でも、香ばしい香りのコーヒーをひとくち含む前にとろけるようなオムレツ

が食べたい。ナイフを入れると、カマンベールチーズか、ゴルゴンゾーラがと

ろけ出すような。付け合わせは新鮮な葉物野菜にグリーンアスパラとミニトマ

トでいい。焼き立てのクロワッサン、チョコデニッシュ、マロンデニッシュ、

ブリオッシュも１個欲しい。そして、ジュースは新鮮なオレンジとグレープフ

ルーツのしぼりたてミックスでいい。欲張って朝食のデザートも頂こうかな？

表面をカリッと仕上げた薄いパンケーキにアイスクリームとブルーベリーを乗

せたシンプルなものでもいい。…私はもうよだれを流す勢いで想像のパワーブ

レックファストのメニューを次々と頭に浮かべていました。

　　　　　　　　　　　　

　私はこの邸宅に足を踏み入れてからというもの、ほとんど不思議の国のアリ

スになったようでしたが、問題はあの垂涎のパワーブレックファストがいただ

けるのはどちらのドアから入ればいいのかでした。ちらっと中を覗いて、もう

一つのドアを試せるのか？それとも一旦ドアから中に入ればもう出ることはで

きないのか？こんな時、思い切りが大事だが、慎重に先を見通す先見性も必

要。そしてタイミングも。そんなことも考えました。

　　　　　　　　　　　　

　私の過去には、いいと思ってやった仕事が全く的を射ていなかったことも

数々あったからです。もしかしたら、その半分は的を射てはいなかったかもし

れません。もっと正直に言えば、９割、いや、白状すれば、９９．９％が不満

足な成果に終わっていたのです。しかし、たったの０．１％が満足のいくもの

であったのだろうかも疑問の余地があります。こんな成功率の低い私という

人間が二者択一を迫られたら、９９．９％の確率でダメな方を選択することに

なりはしないか？きっとそうでしょう。私は、ふたつのドアの前に膝をつき、

その上で両手を組みました。また神様にお尋ねすることにしたのです。大きな

ドアがいいのか、勝手口のような小さなドアがいいのか？

　　　　　　　　　　　　

　「狭き門より入れ、滅びに至る門は大きく…命に至る門は狭く…」私の頭に

はふっと、マタイ伝のこの有名な一節が浮かびました。それは、ジッドの小説

の『狭き門』の巻頭にも書かれていたので覚えた一節でした。そしてこれま

でも大事な選択で迷ったとき、いつも必ず頭をもたげてくる問題だったのです。

　　　　　　　　　　　　

　しかし、神様、この食意地の張った人間にも狭き門か広き門かの選択肢が

通用するものなのでしょうか？そうであれば、私は迷わず、このにじり口のよ

うなドアを開ける気でいるのですが…

　　　

　上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　＊リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.１
　
　『狭き門』、アリサとジェロームの麗しきプラトニックラブ
しかし、遠藤周作氏の解説を読んでいたら、
アリサがごく普通の女の子に見えてきました。

p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２０年１０月号です。

　　　　　　　　　　　

p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　

　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。

シンプル＆ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り- 　
（木村里紗子著/ダイヤモンド社　）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Amazon、書店で販売しています。なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
　　1,944円にてお届けいたします。
　
　ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　
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