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リサコラム
連載737回
      本日のオードブル

あるパリのホテルで

第2話

「ノクターン」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




縦長のフレンチ窓が
開く
秋のたそがれを
部屋の中に
取り込む
ため?
でも

ふと
聞こえて来た
あのメロディーは
聞き覚えのあるあれは
たしか、ショパンの、
あのバルコニーの部屋から




 







        

 第2話 「ノクターン」




 ドアのキーシリンダーがカチリと静かな音を立てると、アンナという女性

が静かに部屋に入って来た。手にはかわいいかごを持っていた。


            


 ヴァンドーム広場を見渡すひときわ優雅なこの部屋はショパン・スイートと

呼ばれる。



            


 アンナが細長い2重のフレンチ窓を開くと、グレーの厚い雲が高級宝飾店

や有名ブランドの店が軒を連ねる100年前の建物とコロンと呼ばれる塔の

てっぺんのナポレオン像にも多くのしかかっていた。どうやら午後から雨模

様らしい。


            


 アンナは午後3時に娘を学校に迎えに行き、それから一緒に娘の誕生日パ

ーティを家で祝うための買い出しに出掛ける予定だった。今、街のカフェも

レストランもすべて門を閉ざしているロックダウンの状況では、お手製のケ

ーキを焼いて家で祝ってあげることしかできないことがアンナにとってはと

ても残念なことだった。さらにこれは2度目のロックダウンだった。


            


 最初は今年、2020年の3月。以来、約3か月間パリの街もゴーストタ

ウン状態になった。そして段階的に解除され、この由緒あるホテルの門が再

び開かれたのが、8月24日。


           


 あの日、山高帽のドアマンがヴァンドーム広場の門扉を開いて再開を待ち

こがれたゲストを出迎えたとき、以前と同じ19世紀の華麗な貴族社会の非

日常が戻って来たという錯覚を信じたのは常連のゲストとホテルのすべての

スタッフだった。同時に大勢のスタッフがゲストと共にホテルの再開を喜ん

だ。マネージャーや幹部はやっとこのゴージャスなホテルでの非日常をまた

多くの人々と分かち合えることにほっと胸をなでおろしていた。


           


 それは3年前の大改装後のオープニングにも匹敵するほどの感極まる喜び

であり、高級な手織り絨毯を踏みしめ、クラフトマンシップの香る調度品や

磨き上げられた家具を愛でながら、いつも通りの美しい庭を眺め、壮麗なシ

ャンデリアの天井に感嘆のため息をつき、一ミリのしわもなくベッドメイク

された美しいベッドルームを確認することで幕が上がった。


            


 しかし永遠に思えたその非日常の華麗な社会は長く続かず、パリの街もカ

フェも公園もセーヌの岸部も解放感にあふれた人々の姿が以前のようなにぎ

わいを取り戻すと、そんな自由な個人主義と議論好きな人々の間でまた新た

な感染が広まってしまった。そして2020年11月、カフェ、レストラ

ン、バーは再び閉店させられることになった。しかし、今日、アンナは華麗

なショパン・スイートにいてそんな感傷に浸っているより娘の誕生日を祝う

ことで頭がいっぱいだった。


            


 このショパン・スイートは他のスイートとは違う特徴がある。それは、

ロココ調の華麗な絵画が描かれたドーム天井と、ショパンの肖像画を眺めな

がら、グランドピアノを演奏しできることだった。もちろん、ここリッツに

おいては、望めば、どんな著名なピアニストをも呼んで部屋で弾かせること

もできるだろうけれど。


            


 実はポーランド人の父とチュニジア人の母親を持つアンナには自分の

ひとり娘を著名なピアニストにしたいという無謀とも壮大とも言える夢が

あった。もちろん、それは自分が叶えられなかった夢を娘に押し付けた形だ

ったけれど、娘は母親の意に反してアニメ作家になるという固い意思を表明

した。もちろん、どちらももっとも困難な道であるには変わりない。


            


 アンナはピアノの前に来るとそっとふたを開いて、ポロンとつま弾いた。

明日、この部屋にやってくる老夫婦はパリの16区に住んでいるが、夫がピ

アニストのため、このショパン・スイートにコロナ避難の巣篭り滞在するこ

とにしたのだという。やがて部屋の中にショパンのノクターンが流れ始める。


             


 アンナは思った。「あのピアニストの先生はこの部屋でこの同じピアノを

弾きながら私の1年分の給料を1日半で使ってしまうのね。でも、私はこの

部屋を掃除するだけで、自由に弾ける…なんだか申し訳ないみたい」そう、

アンナはどんな職業よりこの仕事が優遇された職業だと思うのだった。


              


 「さて、お仕事、お仕事!雨が降り始める前にはホテルを出なくちゃ!」

アンナはバスルームを磨き上げ、ベッドをしわなく整えると、カーテンの

ドレープを丁寧に揃えてから、絨毯に掃除機をかけた。最後に長いハンドル

のついた粘着ローラーを隅から丁寧にころがし始めた。アンナがショパン・

スイートを担当するようになるまでは長い道のりではあったが、娘をピアニ

ストもする夢をあきらめた今、アンナはショパン・スイートの部屋を掃除す

ることで、その思いの半分を叶えることができた。


             


 ショパンもポーランド人の父を持っていたことが、アンナをこのショパン

・スイートへと強く関心を寄せるきっかけになったが、それでもアンナがシ

ョパン・スイートの担当をフロアマネージャーに強く希望し、さらにひとり

で担当したいと申し出た時、同僚からも怪訝な目を注がれたが、アンナの仕

事はいつも完璧だったために間もなく認められ、アンナひとりがこの部屋を

担当するようになった。


              


 アンナはすべての工程を完了すると、またピアノの前に座った。


 時に残酷な場面のBGMとしても使われる感傷的で繊細な調べのノクター

ンのメロディーが開かれた窓から広場の下まで軽やかに響き渡る。


             


 今頃、通りを歩く人は立ち止まって華麗な建物を見上げ、著名なピアニス

トの姿を想像して耳を澄ませているのかもしれない。ハウスキーピングの演

奏によるものとは、もちろん知るすべもなく





   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 リッツ・パリののインスタグラムの投稿を読みつつ、
 想像を膨らませています。
 いや、空想の部分もあります。

p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年11月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

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