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リサコラム
連載741回
      本日のオードブル

あるパリのホテルで

第6話

「最後の館内ツアー」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




大理石の
螺旋階段
赤い絨毯
緻密な模様が
施されています。
左手には巨大なツリー。
毎年話題をさらうこのツリーは
大統領のいるエリゼ宮と争う程の大きさ
さて今年のクリスマスはどうなるでしょうか?
先行き
不透明な
時代に
少なく
とも、
清潔な
心地よいベッドがあればいいと思うのです。


 







        

 第6話 「最後の館内ツアー」




 「さて、淑女、紳士のみなさま、本日はお集まりいただきありがとうござ

います。私はコンシエルジュのジョルジュと申します」私は大理石の螺旋階段

の前で男女6名ずつの12名のパーティを連れて館内ツアーを始めた。


            


 「こちらのツリーはエリゼ宮と同じツリーです」


 「すると、BFC、ブルゴーニュ=フランシュ=コンテから来たってこと

ですね!」ひとりの淑女が発言した。言い終わるとすぐにまた別の淑女が

発言した。「高さ4.5mはありますね。飾りつけに5時間。5名のボラン

ティアが加わったんですよね。」


            


 のっけから私は度肝を抜かれた。しかし、コンシエルジュになってこの

道30年、こんな若造にやられてたまるかと私は思った。「さようでござい

ます。ゲストの方々が心地よいベッドですやすやお休みの間にこっそり行う

のです。ですから、朝起きてきたゲストは、昨日はなかったツリーが突如とし

て現れたことにびっくりなさいます」


            


 するとすぐに長身の別の紳士が発言を求めた。「そのボランティアは毎年抽

選で選ばれた人たちですよね、きっと僕らと同じように」彼は他の11人から

首一つ出ていた。「よくご存じで!その通りです。みなさまもくじ運のよろし

い方ですね」私は多少動揺しながらも動じることはなかった。館内ツアーを始

めてからというもの、たくさんの珍客を相手にしてきたのだから。私は胸を張

ると12名の視線を追った。12名の淑女、紳士たちはそれぞれ黙ったままで

ツリーを目で追っていた。私はひとまず安心した。


            


 「使われたボールは約1000個、イルミネーションは500mです」

しかし、予想した驚きや叫び声はなかった。私はそのまま本題に移った。


 「私どものホテルの創業者セザール・リッツはおもてなしを真剣に考え

た人です。貴族や王様や大富豪でも喜ぶようなおもてなしです。しかし、

彼は貴族でも大富豪でもなかったのです。生まれはスイスの山の中で、

13番目の末っ子です。電気も水道もない小さな家で15歳まで過ごし

たのです」そう切り出しすと、みなそれぞれ、真剣に私の話に耳を傾けて

いるようだった。


            


 「セザール・リッツは靴磨きやドアマンなど、仕事を転々とした後、一流

レストランのウェイターになり、ホテルマンになり、少しずつ足元を固めて

行きました。その内、優秀なホテルマンとの評判が広まり、他のホテルから

引き抜かれながら、ついには自分でホテルを買収するまでになりました。彼

はとても潔癖な性質を持っていたようで、1870年代、モナコのモンテカ

ルロのホテルの支配人にまで上り詰めた時、ホテル内の清掃の徹底はもちろ

ん、シーツの清潔さ、掃除のしやすさを追求することによって清潔を衛生的

なレベルへと格上げしたのです。電気も水道もないような家に育った子供で

も、そんな衛生観念を持つようになるのですから人は生まれつきではなく、

環境によって変えられるものだと私たちは、彼から学ぶことができます。


            


 そして、それまで1フロアに一つか二つしかなかった浴室とトイレを全室

に設けたのはセザールのそのホテルが最初だと言われます。また、彼はジョ

ルジュ・エスコフィエという最高のパートナーとなる料理人を見つける幸運

に恵まれます。そしてエスコフィエと組んで各国、各地のホテルを点々とす

るようになったのです。国境をまたぎ、多くのホテルを作りながら、最後に

辿りついたのが、このヴァンドーム広場のこの地です。


彼は、ここにリッツ・パリを作るに至りました。そしてホテル王とまで呼ば

れるようになったのです」私の弁舌はいつも通りスムーズだった。私は一呼

吸おくと、「そして、かの有名なプリンス・オブ・ウェールズからセザール

・リッツに贈られた言葉が…」


            


 その時、一人の紳士が手を挙げた。

「『リッツの向かうところに私は赴く』ですよね?」「その通りです」私は

大して驚かなかった。有名なセリフだから、この館内ツアーでは、時折、

代弁してくれる紳士がいる。私は先を続けた。



 「このリッツの成功を後押ししたのは、著名人、当時の流行作家だったの

です。ご存じかもしれませんが、リッツにはそんな著名人の足跡が数多く残

されています。そしてその名を冠したスイートも多くございますし…」


            


 「シャネル・スイート!」ひとりの淑女が叫んだ。そしてまた、

「ショパン・スイート!」また「アーネスト・ヘミングウェイスイート!」

さらにまた、「マルセル・プルースト・スイート!」どんどん声が上がる。

「みなさん、よく存じですね」すると、黒縁メガネをかけた別の紳士が手

を挙げた。


            


 「マルセル・プルーストはこのホテルに週に1、2回夕食にやって来てい

ました。社交界の人々とお付き合するためです。そこで聞いた話から想像を

巡らせて小説の題材にしたのだと読みました」「よくご存じですね」私は驚

いた風をした。「いえ、単にウィキペディアの知識です」「そうですか、そ

れならきっとプルーストの長編小説はお読みですね?」「はい。ダイジェス

ト版で読みました。E-bookの。ダイジェスト版で僕は十分だと思います。

今の時代にあんな饒舌なもの、時間の無駄だと思いますから」「そのご意見

はごもっともです」全巻を通読している私であったが反論を避けた。


            


 彼は続けた。「あの小説を今、21世紀の僕らが読む理由はないと感じま

す。昔のフランス人がいかに無駄なことに時間を費やしていたのかよくわか

るという意味では読む価値はあると思いますが、だいだい、フランス人はし

ゃべりすぎなんです。不毛な議論が多すぎると思います」私は館内ツアーが

予期せぬ方向に行っているのを感じた。しかし、その紳士の発言はまだまだ

終わりそうになかった。


            


 「…それに、地球上の10人に一人は飢えて死にかけているのに、ここで

は絵画のように美しい料理が提供されているのです。しかし、私はこのホテ

ルの存在意義は、その不均衡を是正するために役立っていると信じます。

つまり、私の家は家政婦さんたちがすべての家のことを行っていますが、

もしも僕たちで全部の家事をやるようになれば、彼らは失業せざるを得ない

からです。そういう意味で、このホテルも富の循環を助けているのだと私は

思って納得しています」


 私はあ然とした。これまでいろいろな人々のグループで無料の館内ツアー

を行ってきたが、まさか、市内の小学生を集めたツアーでこんな発言が出る

とは思ってもみなかったからだ。館内ツアーはまだ先があったが、この螺旋

階段の前でまだ一歩も上ることなく、予定時間の半分を使ってしまっていた。


            


 しかし、私は不思議と清々しい気分だった。リッツのような高級ホテルの

役割を小学生でここまで理解できているとすれば、22世紀はきっと安泰だ

ろう。明日でこのホテルを去る初老の私にとってこれほど喜ばしい最後の館

内ツアーはない。


            


 「さあ、次に行きましょう!」

 私は螺旋階段の一段目にやっと一歩目をかけた。


   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1
 
  セザール・リッツは栄光と挫折と不遇の最期を遂げた
  やはりパイオニアですね。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年12月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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