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リサコラム
連載743回
      本日のオードブル

あるパリのホテルで

第8話

「年始の新人研修」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




高級ホテルの
客室の廊下を
大股で走る
若い女性
パープル
ピンクの
ドレスに
同じ色の
ピンヒール
ブルーグレー
のストールが
揺れています。
手にはスマホを
お持ちのようで
さて、どこに、
何のために彼女は
走っているのでしょうか?


 







        

 第8話 「年始の新人研修」




 「私たちが高級ホテルと呼ばれるとき、ある何かを失う。それは何か?」

私はそんな一撃を加えた。こうして例年通り、私の新年の新人研修が始ま

った。


            


 私の手法は常套手段だが、まずは逆説で質問を投げかける。それから、

脇道に少し逸れ、質疑応答をしながら最初の質問に対する答えを出させる。

しかし、実は、この質問に正解はいくつもある。しかし、決定的なものはお

そらく誰も言い当てることはできないだろう。いや、きっと誰も言い当てる

ことなどできはしない。そこで、最後に私がズバリと答えを出し、私の30

年のコンシエルジュ人生にまた一つ、威厳と共に成功体験を加えるという算

段なのだ。


            


 私は「私たちが高級ホテルと呼ばれるとき、ある何かを失う。一体それは

何か?の答えを探す前に、」と前置きを繰り返してから、次に私の30年の

ホテルマン人生をざっと話し、父もホテルマンであったこと、そして祖父は

イギリスに渡り、大きな貴族のお屋敷で執事をしていたということへと話を

つないだ。祖父はアフリカ系だったことから、祖先はアフリカから連れて来

られた奴隷だと私のファミリーヒストリーにおまけをつけた後で、私は人種

問題について一言述べた。


            


 「それは乗り越えるべき課題であり、変わりたくないという水面下の決意

を改めることだ」と言った。そして、「根深い差別や偏見は長い年月をかけ

て作られるもので、一晩でできるものではなく、人間間のちょっとした違和

感がワインのように熟成を重ねて、深く濃く変化したものが正真正銘の偏見

というものだと。だから若い者が保持するようなものではない。もしも持っ

ている者がいたら、それは精神的に病んでいる若い老人なのだ」と。そこま

で私が述べた時、20名の目つきが変った。


            


 要は、どんなゲストも対等に扱うことがまずは大前提であることを、

もちろん、十分に教育を受けてわかっているはずの若い人間に、年始に当た

って念押ししたかったのだ。それでも年間数十名のゲストから、直接にゲス

トリレーションを通して、SNSを通して、あるいはチェックアウトの際に

ゲストのご好意でいただくオピニオンで差別的な扱いを受けたと報告が上が

るのだから念押してし過ぎることはない。


            


 次に、私は新人たちにこんな質問をした。「ある女性がホテルの廊下を小

走りに走っている。さて、君たちならどう、声かけをするか?」すぐに、

レストランの黒人女性スタッフが手を挙げた。「『何かお忘れ物ですか?』

とお尋ねいたします」私はうなずいた。「正解。いきなり正解だと続けよう

がないな…」と言った上で、こう続けた。「他には?」次は20才そこそこ

のベルボーイ見習いが手を挙げた。「『何かお手伝いできることがございま

すか?』と私なら尋ねます」私はがっくりと肩を落とした表情を作ると、

「またまた正解だ」と言った上でこう付け加えた。「実は私がまだ新人の頃

もそのように対応するようにと言われていた。だから私はそんなお客様を見

かけたら、すかさず、今、君たちが正解を言ったように声をかけていた。



            



 そしてある時、若い黒人の女性が廊下を小走りにかけている姿を見て、

呼び止め、『何かお忘れ物ですか?』と尋ねた。彼女は小走りを足踏みに

変えて、『ここは走ってはいけないの?』と少し剣のある声で私に言ったの

です。もちろん、私は「いいえ、そのような決まりはございませんが、と謝

った上で、『ただ、足音がお部屋に響きますと…』と、余計な一言を加えた

のだ。それがいけなかった。彼女は、『足音が響くようなそんな安普請のホ

テルなの?ここは?』と言って、私の顔をじっと見られたのです。そこに

は、私に何か言いたげな表情が確かにあったのです。私は単にマニュアルに

沿っただけで何の含みもなかったけれど、彼女は自分が黒人であることで、

注意を受けることになったのか?と言いたげな表情に私には思えたのです」

若い20人は黙って聞いていた。


            


 ひとりが手を挙げた。「その方は廊下でランニングされておられたのでし

ょうか?」私は答えた。「その辺りのところはわからない。ランニングされ

ていたのか、あるいは、ただ、館内を探検しようと小走りに走られていたの

かもしれない。ただ、足音が響くような走り方ではなかった。それなのに私

は、余計な一言を加えたばかりに、そのやり取りが問題になり、腹をたてた

彼女はもっと上の人間を呼ぶようにと私に言ったのです。上司と私は揃って

平謝りに謝ってやっと女性の怒りは収まったのです。つまり、気をつけるべ

きは、純粋に何かお困りならお手伝いをいたしますという気持ちだけをまっ

すぐに伝えるだけでいいのです。小走りは必ずしも誰かに手伝ってもらいた

いという時ばかりではないということです。


            


 「それは判断が難しいですね」と最後列の女性が手を挙げた。黒人のハウ

スキーピングスタッフだった。「私たちは鍵を部屋の中に置いたままで閉じ

込められたか、忘れ物をしたから取りに帰っているかの違いは判ります。

前者は誰かを探しておられる表情だから分かりやすいです。だから、後者

の場合は、脇によけて笑顔を向けます」


            


 「大正解!」私は言った。するとそのハウスキーピングスタッフは恥ずか

しげな表情でにっこり笑った。私はそこで、恭しくスタッフみんなの顔を眺

めると、「私が最初に言った高級ホテルと形容されるとき、ある何かを失う

と言った、あるものとは何だろうか?」とあらためて聞いた。2人の手が上

がったので、ひとりずつ発言させた。


            


 「それは、余裕だと思います。それはお客様に対する私たちの期待値が大

きいために、私たちが余裕を失うことがあるということではないでしょうか

?」もう一人は、「失敗することに対する許容範囲をなくすのだと思いま

す。有名であれば、失敗は逆に大きく取り上げられますから」「確かにそう

だね」私は答えて、そして、「君は失敗が怖いのかな?」と聞いた。

「怖いです」「それなら、もっと聞くが、失敗して怒られるのが怖いのでは

ないのか?」「いいえ。そうではなく、純粋に失敗したくないからだと思い

ます。つまり、私が言いたいのは、高級ホテルと呼ばれることは、失敗する

機会を失うということではないかと…」私は両手を大きく広げた。我ながら

芝居じみていたかもしれないが、しかし、こんなにも的確に答えが出るとは

予想もしていなかった。しかし、私はそれが聞きたかったのだよという表情

を作り、「すばらしい!」と叫んだ。もちろん、本音を言えばがっかりした

のだ。だって、考えてもみて欲しい。それでは私の年頭の挨拶が失敗作にな

ってしまったということだろう。そこで私は仕方なく〆の言葉を探した。


            


 「それでは、優秀な新人の皆さん、失敗のないように、よくよく考え、

余裕の1日に、余裕の1週間に、余裕の1月へと積み重ねましょう」私の

失敗演説はもう、やぶれかぶれになっていた




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 NHKの『ザ・プロフェッショナル仕事の流儀』で
「プロフェッショナルとは失敗しないこと」と言った方がいたのです。
感動しました。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年1月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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