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リサコラム
連載758回
      本日のオードブル

ホテル・ド・ルーヴル

第9話

「ルイ14世の赤いヒール」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



ベージュと
サファイアブルーの
コントラスト鮮やかな絨毯
象嵌の白い楕円のテーブルに
ボルドー色の椅子が7脚
クリームイエローの
シルクのカーテン
クリスタルの
シャンデリア
クラシカルな趣き。
どんな絵がこの部屋を
さらに引き立てるのか
お楽しみ、お楽しみ




 







        

 第9話 「ルイ14世の赤いヒール」




  

 ナミコはマダム主催の年4回のパーティの打ち合わせのため、マダムの


サロンのテーブルについていた。背筋をピンと伸ばして。


            


 高い窓のシフォンレースカーテン越しに愁いを帯びたブルーの光が遠慮

気味に降り注ぎ、サロンの中を淡い水色に染め上げている。サロンの奥行

6mの縦長の部屋の中心には8人がゆったり掛けられる象嵌の楕円形のテー

ブルが鎮座し、まるみを帯びたボルドー色のベルベットの椅子がベージュ

に太いサファイアブルーの額縁のある絨毯の上に整列している。


            


 天井から下がるシャンデリアはパウダーブルーの天井を明るく照らし、同時に

クリスタルオーナメントを伝ってテーブルの上や壁にもきらめきの分子を散

りばめつつ、ブリリアントな部屋に仕立て上げている。


            


 
「ずいぶん、成長したわね、ナミコさん」ナミコはゴージャスに波立つ

ベージュのシルクのカーテンを背にマダムから見て左手に座っていた。

「と、おっしゃいますと?」マダムはふふふとだけ笑った。「もしかして、

私のことですか?」「ええ、そうよ。お料理の腕も日に日にアップしている

し、創作料理には毎回驚かされるし、お掃除は早くて完璧だし、私の事務的

な作業も、もちろんパーフェクト。この1年で、ナミコさん、ほんとうに

成長したと思うわ」ナミコはぽっとほほを桜色に染めた。「とてもとても、

まだまだ、全然です」


            

 
マダムは笑った。「3つも修飾語を使うのね。そんなに謙遜しなくてい

いのよ。フランス人みたいにもっと胸を張っていいわよ。だって、ここは

ホテル・ド・ルーヴルで私はその館長なのですからね」「そうでした。

ここは、ルーヴルなのですね、失礼いたしました」ナミコは笑い、マダム

も笑った。いつも上機嫌でユーモアのセンスも持ち合わせる小柄なマダムは

髪の毛を夜会巻にし、ピンヒールを履いて、この小さな芸術家集団をまとめ

る優雅な威厳を放っている。


            


 ナミコは少し斜め後ろを振り向いて4mの天井から尾を引くように床に

垂れるカーテンを眺めてから、自分の正面の壁を見た。「今度の定例のパー

ティですが、この壁に掛ける絵は何になさいますか?」ナミコは最初から気

になっていた話題に移った。


            


 マダムは、毎月のように住人から絵や彫刻を相手の言い値で購入するこ

ともあり、アート作品を納める地下の収蔵庫はほぼ9割方埋まるほどのコレ

クションになっている。


            


 「今回のパーティはある著名な作家さんがやって来るの。彼はこれからご

結婚される予定で、アートにとても造詣が深い方だから、絵のセレクトを迷

っているところなのよ。私にとってはどれも思い入れもあるのだけれど、

この部屋をリフォームしてからはもう少し格調高いものがいいかしらね」


            


 ナミコが少し考えてから、「『カナの婚礼』なんてどうでしょう?」

と言うと、マダムはくすっと笑ってから、いいわねと言った。「さて、誰に

描いてもらおうかしら?だってルーヴル美術館最大の絵画でしょ。あんな大

変な絵の模写?あと2か月を切ってて、そんな絵を模写しようなんて思う方

いるかしら?」「そうですね、確かに、登場人物も多すぎますよね」ナミコ

はすぐに同意した。「あの、それじゃ、ナポレオンの戴冠式なんてどうで

しょう?」マダムはナミコの数少ない絵画の知識を決して笑うことはなか

った。


            


 
「いいアイデアだと思うわ。でも、それでも人間の数も多いし、さらに

衣装はゴージャスだから、これも簡単にはいかないんじゃないかしら?」

「そうですね。ルーヴル美術館に掛かっているあと1か月半で描ける絵

それでは、ルイ14世の肖像画はどうでしょう?」「そうね、」マダムは膝

の上で組んだ自分の手を見た。




            


 「あなたがおっしゃっているルイ14世の肖像画はリゴーの絵のことだと

思うけれど、太陽王の絶対君主制の権威を余すところなく見せつけたあの絵

は、確かに迫力はあるから、この部屋に格調を与えてくれると思うけれど。

特にポイントはあの赤いハイヒール」マダムは無言のままでしばらく絵

のない壁をじっと見つめていた。ナミコはスーツの襟を整えると、この

アパートの管理とマダムのお世話を始めた1年前を思い出していた。


            


 
面接で簡単に採用が決まった時の驚きと同時に、マリー・アントワネッ

トの寝室のような美しい部屋を与えられたさらなる驚きと感動。その日の内

に荷物をすべて処分し、アパートを引き払い、その足で近くの高級ホテルに

初めて宿泊したこと。忘れもしない、身軽になった自分とその先の幸せな予

感を感じながら、人気のないラウンジでくつろいだ晩。そして初日に活けた

センティフォリアのバラの香り、手料理でもてなした歓迎朝食会に3人しか

出席しなかったこと、アートはわからないと思い込んでいたナミコ自身が芸

術家の住人ひとりひとりと近づいていくにつれ、次第にアーティスト、芸術

家という人たちに対する認識も大きく変わっていったこと。今振り返ると、

そんなずうずうしさと勇気が自分にあったのかと驚くばかりで、さらにそれ

らすべてはこれまでのナミコの人生にはどれも初の画期的なことだった。


            


 ナミコは凡子と書いてナミコと読ませるが、その名前の影響はこれまで

のナミコの人生に凡人では終わりたくないという強い自我を芽生えさせた一

方で、凡人のままで終わるのだろうという漠然とした未来像も見えていた。

しかし、この仕事とここでの生活はその未来像を一気に壊した。


            


 
その一つがこれまで嫌悪しか感じなかった肖像画の中の英雄、絶対君主の

王、王妃、貴族たちとその背景に興味を抱いたことだった。さらには、その

ような過去の特権階級の人々が築き上げた城や華麗な装飾、芸術、おびただ

しい戦利品の絵画、彫刻を見たさに今の人がなぜ、わざわざ美術館や城に足

を運ぶのかという理由をマダムやここの住人を通して探ることだった。しか

し、美術館も時代を経ると状況が変るようだった。近代芸術のオルセー美術

館はいいが、20世紀以降の芸術を納めている国立近代美術館のあるポンピ

ドゥーセンターになるとその雰囲気は一変する。マダムが言うにはポンピド

ゥーセンターの化学工場のようなメタリックな近代建築は年々、朽ちていく

ように見えるという。やはり、古い良いものは残り、奇抜な新しいものは廃

れて行くのだろうかとナミコは今まで考えたことのないようなことまで考え

るようになっていた。


            


 マダムはやっと考え込んだがまとまったらしく、「わかりました。

『ルイ14世の肖像画』で募集しましょう。優勝者の絵は言い値で買い取

って、さらにお家賃を1年間無料にします」ときっぱりとした口調で言っ

た。「だからナミコさん、すぐに素敵にプロモーションの告知をしてちょ

うだい」と言うと、マダムはテーブルには全く手を触れることなく会議の終

わりを告げると、「次からこの部屋は『ルイ14世の間』と呼びましょう」

と宣言してから、赤いピンヒールですっと立ち上がった



  




 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 ポンピドゥーセンターよりルーブル、オルセー美術館のほうが
美術館に行ったという感じがします。クラシカルなものに惹かれるのは
簡単に言えば今と違うから。あるいは自分の中にある
懐古趣味が芽生えるからかもしれないと思います。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年4月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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