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リサコラム
連載760回
      本日のオードブル

ホテル・ド・ルーヴル

第11話

「ジヴェルニーの庭で」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




ベッドルームから
鬱蒼と茂る
木々に
続く
合間に
小鳥が舞い
バイオリンの
音色が響き渡る
ジヴェルニーの庭を
模したここは都会の中の
アパートの中庭を見渡すバルコニー


 







        

 第11話 「ジヴェルニーの庭で」




  

 ナミコはホテル・ド・ルーヴルに来てからというもの、ずっと一つのこ

とが気になっていた。それは、マダムのことだった。


 
マダムには来客が多いが、めったに出かけない。マダムのアシスタント

として雇われたものの、実務と言っても友人、知人仲間の定例のパーティの

準備や簡単なメールのやり取り、多少のスケジュール管理で、マダムが職業

として何かをやっているわけでもない。


            


 画家の颯太は「僕が聞いたところによると、土地をたくさん持っている

らしい。国内だけでなく、フランスとかドイツとかにも。中には古城付きの

土地もあるみたいだよ。僕らの作品が近い将来値上がりするとは思えないけ

ど、でも、海外では評価されることもあるらしい、もしかしたら海外で売ら

れるつもりなのかもね」とニタニタにしながら言った。


 またイラストレーターのHANAは「何もなしに売れない画家の面倒を

見ていられるわけはないから、この道楽は隠れ蓑で何か大きなビジネスをや

っているんだと思うけどね。でも、これは全然悪口とかではないからね、

ナミコさん、だから絶対黙っててよ。もしもここを出て行けって言われた

ら、超困るし。他ではこんな安いお家賃でこんな素敵な生活なんてでき

ないからね」と、ナミコに固く口止めをしたこともあった。他にマダムに

関するうわさはいろいろなところから時折聞こえてきたし、マダムの耳にも

入ってはいたが、どこ吹く風と、反応すること全くなかった。


            


 
ある初夏の朝、ナミコはマダムの寝室の掃除を終えて、部屋を出ようと

したとき、オフィスの方からナミコを呼ぶマダムの声がした。ナミコはすぐ

にオフィスの開いたドアをノックすると、奥から、「今日はバルコニーでお

茶でもいかが?お天気も最高だから」とマダムの明るい声が聞こえてきた。

いつもはランチもアフタヌンティもアペリティフもキッチンの小さなテーブ

ルなのに、ナミコはちょっとびっくりしたが、すぐに弾んだ声で、

「かしこまりました」と答えた。


            


 マダムの寝室はガラスの壁で中心に白い枠のフレンチ窓があり、そこか

ら先がバルコニーになる。ナミコが掃除のためにマダムの部屋に入ると、

マダムは時々バルコニーのテーブルで鬱蒼と茂った中庭を黙ってずっと眺め

ていることがあった。その時は拒絶するような強いオーラを感じて、ナミコ

は見て見ないふりをしてベッドメイクをし、掃除を終えると、会釈だけをし

て部屋を退散する。しかし今日はマダムのごきげんがいいのか、その神聖と

も思えるバルコニーの席につけることが許されたようで、ナミコはうれしかった。


 ナミコはその日の昼下がり、紅茶と小さなスコーン、ナミコのお手製の

ジャムを添えたアフタヌンティのトレイを持ってマダムの部屋に上がって

きた。


            


 
「バッハはお好きかしら?」中庭を眺めていたマダムはマッチ棒のよう

な体をねじって、開いた
フレンチ窓の前でトレイを抱えたナミコに声をか

けた。ナミコは返事に窮した。マダムはトレイを置いたナミコに「パルテ

ィータ2番、お好きかしら?」と言いながら、華奢な手で重量感のあるアイ

アンの椅子を少し引いて勧めた。「ありがとうございます」ナミコは静々と

腰かけた。


            


 
「ここでお茶をするのは初めてで、なんだか緊張します」ナミコがそう

言うとマダムは「そうだったわね」と笑みを浮かべた。「この中庭はね、

私にとってのジヴェルニーの庭なの。クロード・モネの残したあの有名な

庭よ」ナミコはいつも手早く掃除をするだけで、中庭の風景をじっと眺めた

こともなかった。「ジヴェルニーの庭、ですか?ええ、なんとなく、名前は

聞いたことは、あります。すみません。勉強不足でわかりません」ナミコは

うつむいて正直に答えた。マダムは笑みを浮かべて、「いいのよ。さあ、

お茶、いただきましょう」と言って紅茶にいつものようにたっぷりのミルク

を加えた。


            


 
「モネのジヴェルニーの庭を訪れた人の多くは自宅にあんな庭を作れた

らといいだろうと思うでしょう。モネの絵を見て想像を膨らませてきた人た

ちは、あの色の鮮やかな太鼓橋が実際はちっぽけな橋で驚くけど、絵の中に

納まる構図で作られているから、やはりあのサイズになるのよね。もちろん

蓮池もバラ園も庭全部がすばらしいし、造園家でなくても、あの全体がアー

トのような雑木林のような庭園の中の1エッセンスでも吸収して自邸に取り

入れることはできないものかと思うのは当然のことでしょう。だから、世界

中にジヴェルニーの庭は存在しているはずよ」ナミコはモネの蓮池の絵を漠

然と頭に描きながらマダムの話に聞き入っていた。


            


 
「実はね、私の父は週末絵描きだったの。同時にファーブルの愛好者の、

昆虫好きでね、家にはピンで止めた昆虫コレクションをたくさん持っていた

のよ。私はそれがとても気持ち悪くて、でも、そんな昆虫を顕微鏡で見る父

の表情は生き生きしていて、だから誰も文句を言うことができなかったの

よ。もしも、クワガタの脚を一本でも折ろうものなら、大変に叱れてね、

いまでは笑い話だけど、子供の頃は深刻な問題だったのよ」「それでお父上

は昆虫の絵を描かれていらっしゃったのですか?」ナミコがそう言ったとた

ん、マダムの表情はさっと光が差したように明るくなった。「ナミコさん勘

がいいわね、その通りよ」ナミコは「えへへへ」と照れ笑いをした。マダム

に褒められると子供が先生から褒められたようにナミコはうれしくなる。


           


 「まさに、そこが問題だったの。父はアンリ・ルソーみたいに公務員で

週末絵描きを目指していたのだけど、週末画家を越えるほどの作品をたくさ

ん描いて、大きなコンペで賞をもらったこともあるような人だったの。

でも、昆虫の観察と収集にのめり込んでからは、昆虫の絵をよく描くよう

になってみるみる画風が変ってきたのよ」「変ってきた?」「ええ。アンリ

・ルソー風って言われた父の独特の画風にさらに繊細な描写が加わってきた

の。見る人はそのデッサン力に目を奪われるのだけれど、また別の人から

見たら、リアルな虫の絵を気味悪がってね、段々と父の絵は評価されなくな

ってしまったの」「そうなんですか?リアルではだめなのですか?」

「いいえ、そんなことは全くないのだけれど、解剖図のような絵を芸術作品

とは言わなくなるようなものなのよ。それで父は落胆して、結局、絵も昆虫

の収集もどちらもやめてしまって、最後は何もしない人になってしまったの

よ」マダムはそこでしばらく話をやめて、お茶とスコーンを楽しみながら

バイオリンに耳を澄ませた。


            


 
「まあ、そんな父を理解できなかった私は、ジヴェルニーの庭を見た時

に、あまりのすばらしさに呆然として、それからというもの、その庭を描い

たモネの絵が見劣りするように見えたのよ。これは私だけの評価ではなく、

多くの人がそう思うのではないかと思うの。自然の美はどんなに正しく写し

取っても、そのものを越えることはできないということだと思うの。

今では、画家モネはより造園家モネと言った方がいいくらいだと思うのよ。

そのくらい素晴らしく造園された庭なの。それ以来、絵の対象物を研究しす

ぎるのもよくないのではないかなと思うようになったの。ピアノの調教師が

もしもグランドピアノを真上から見た絵を描いたとしたら、きっと細部まで

正確に描かざるを得ないでしょう。だから、描かなくてもいいものまで、

見なくてもいいものまで」マダムの言葉は中庭の木々のざわめきにかき

消された。バイオリンの音色は静かに絶え間なく流れる。


            


 
そんなふうにモネの庭を通して自分の父を理解した気がするのよ。

だから、私は時々、心の目を閉じて、こんな木々のざわめきとか音楽に耳を

傾けるのよ」マダムがそれから何も言わなくなった。


しばらくすると、曲調が代わり、甲高いバイオリンの音色がバルコニー

に響き渡った。ナミコはそのミステリアスな音の流れに飲み込まれるような

感覚に陥った。「シャコンヌよ」マダムは静かにナミコに言った。


            


 
「こんな音色は人生の苦渋を味わったことのある人でないと出せないも

のよね。でも、その苦しみも喜びも絵とか音楽とか、芸術に置き換えるの

賢いし、いい方法だと思うわ。自分の心情を昇華できる対象があれば、

日々、勝手にやって来る雑音をひとつひとつ拾い上げて、眉間にしわを寄

せて生きていくつまんない人生を送らなくて済むでしょう?だから、私は

ね、人のことも、自分のことも必要以上に掘り下げないのが好きよ」


            


 
モネの庭にはおろか、モネの作品も知らないナミコは、ただただマダム

の言葉を聞き、バイオリンの音色と木々のざわめきの中に身を任せるしか

なかったが、しかし次第に陶酔のような感覚を感じ始めていた



  




 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 ジヴェルニーの庭はクロード・モネ財団により管理され
どんどん進化を遂げているようです。
開園と訪問できる日が待ち遠しいです。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年5月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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