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リサコラム
連載776回
      本日のオードブル

パリのアパルトマンの絵

第13話

「パサージュで」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



まっすぐに
長く伸びる
通過の道
パサージュ
19世紀の
ベルエポック
時代に作られた
屋根のあるショッピング街
日本にもパサージュと名のつく
アーケード街
もホテルお
あるようすが
やはりパリの
パサージュは
すばらしいですね
次はいつこの通り道を歩けるのでしょうか?


 







        

 第13話 「パサージュで」




  

 老年の域に足を突っ込みかけている男二人、私たちは歩き疲れて、

また同じブラッスリーに戻って来た。今度は昼食を取るために。


            


 
「結局、いつもここか?」アンリはそう言ったが、そうかと言って、

別の店を探す気力も、若い人間たちが行くような場所にも、もちろん、

高級レストランにも行く気はしなかった。私たちは19の定食をそ

れぞれ、結構な時間をかけて、苦手な食材に変更を加えながらオーダー

を入れると、今日だけはと言いつつ、5のデザートを注文した。


             


 「まあ、慣れた場所がいいさ」アンリはそう言ったが、すぐに私を

無視して、紙ナプキンになんだかわからない数式を書き始めた。これも

よくある、数学者の性癖とでもいうらしいから私はひとり黙って運ばれて

来たオードブルの盛り合わせを早々に食べ終えた。しかし、アンリは食事

に手を付けることなく、ナプキンをさらに広げると、次々にわけのわから

ない数字や文字の行列を作り始めた。私はナイフとフォークを持ったま

ま、お目当ての子牛肉のステーキを待ったがなかなかやって来なかった。

仕方なく、カトラリーをスマホに持ち替えて妻からのメッセージが来て

いないか眺めてみたりもしたが、新着メールの一件もなく、早々に見る

べきものがなくなった。


             


 
ちょうどランチタイムが始まった時間帯でグラスの重なる音やナイフ

とフォークのカチャカチャ音が次第に激しくなり、つまり、混み合った

キッチンではなかなか私のステーキが焼き上がらないようだった。


            


 
私は斜め前に座る裕福そうな30代くらいの若いエリートビジネスマ

ンのような男性客2人をそれとなく目で追った。彼らはしゃべりながら、

お互いに別の人間たちとスマホでやり取りをしているらしく、今では別

に目新しい景色ではないのだが、ふたりの間には温かなコミュニケーシ

ョンなど成立していないように思えた。


            


 
私はスマホさえあれば時間がつぶせる年代の人間ではない。というよ

り、あんなものをずっと指でなぞりながら時間を費やしている姿に吐き気

を催す年代なのだ。彼らはきっとプルーストなど読みはしないだろうし、

パンデミックは経験しても本当の貧困など自分には関係ないと思ってい

るのだろう。しかし、プルーストのいた100年ちょっと前は、パリ市民

は子牛肉のステーキどころか、ネズミも猫も、象でさえ食べていたという

ほど食料がなく、飢えていたと私は父から教わった。父もその時代を経験

したわけではなく、その父、つまり私の祖父、曽祖父にから話を聞いて知

っていただけだろう。だから、小麦や野菜や肉、魚を供給してパリを支え

続けている田舎あっての首都パリの豊かさなんだという恨みのこもった

認識を私は子供の頃から植え付けられてきた。だから、反対にパリに住

むようになってからは地方に対する後ろめたさのようなものを感じるよ

うになった。


            


 
私がひとり、そんな思いにふけっている間も、アンリは時々ちいさく

奇声を上げながら数式で白いナプキンを埋めつつあった。私はハッとし

た。スマホをしているわけではないが、彼は数式に熱中し、私と会話を

交わそうともしないなら、まあ、若い彼らと同じじゃないか!もちろん

私の妻も同じく、パリに来てからというもの、一緒にパリの名所を巡る

地元観光さえ付き合おうとしない。客でますます混み合ってきたブラッ

スリーの中で私ひとりが孤立しているような疎外感に苛まれていた。


            


 
「お待たせいたしました!」ようやく私たちのステーキが運ばれて

くると、アンリはやっと紙ナプキンから目を上げた。「ボナペティ!」

と私たちはボルドー色のワインで乾杯すると、一気にステーキを平ら

げた。


            


 
「黙っていて悪かったが、やっと、解けたんだ」アンリは幸福感に包

まれた表情でつぶやいた。私は何が解けたのか、もちろん何も聞きはし

なかったが、「それはおめでとう!」と言い、コーヒーで乾杯をすると

一緒にデザートに取り掛かった。


           


 
食後に私はアンリに「いい本屋を知らないか?」と尋ねた。彼は、

「ああ、それなら一緒に行こうか?」と言った。「そうか、今日は1日

付き合わせて悪いね」と私は言うとギャルソンに手を挙げて2人分の支

払いをしてから私たちは店の外に出た。そして相変わらず人込みをかき

分けるようにアンリが先導して、コメディフランセーズを抜けると、

パレ・ロワイヤルにやって来た。


            


 「ここを抜けるのが早いからね」アンリはすでにパリに移住して

数か月の私を田舎者扱いした。パレ・ロワイヤルの中庭には、ジャン・

コクトーの散歩道と名付けられた場所もあった。「コクトーか、君は

コクトーが好きか?」私はアンリに聞いた。「コクトー?そんな人間は

知らないね。南の出身だろう?君の方が知っているんじゃないか?」

「コクトーは世界的に著名な作家だし、画家、あらゆる芸術に長けた

芸術のデパートって言われたくらいの人物だよ、」「そうか」アンリ

はそれだけ言うとすたすたとパレ・ロワイヤルの庭からショップの脇道

に入り、私たちは大通りに出た。それからしばらく行って、彼は

「この中だよ!」と私に大きな看板を指し示した。


            


 
そこには『ギャルリー・ヴィヴィエンヌ』と書かれていた。

「パサージュさ、この中にいい本屋があるんだ」アンリはまたすたすた

とパサージュの中に進んでいったが、私は初めて通るパサージュの美し

さに圧倒されていた。映像、画像ではもちろん何度も見てはいたが、

初めて通る石の門から高いガラスの天井に私は目を奪われた。三角に

とがった天井には格子窓で覆われ、そこからさんさんと光が差し込み、

パサージュを明るく照らし出している。人通りはさほどではないが、

左右のカフェはにぎわっている。


            


 ここもプルーストが行き来したんだろうなと思いながら私はあえて

ゆっくり歩いた。アンリは時々後ろを振り返りながら、私を手招きして

いた。私はこのきらびやかな通りに魅了され、もう本屋のことなどどう

でもよくなっていた


   


上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 
19世紀の中頃にたくさん作られたパリのパサージュ、
すばらしいです。
ガラスの天井を実は上から眺めている人たちも
いるようで、上は住まいになっているようなのです。
そこに住むのもいいですね~。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年8月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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