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リサコラム
連載780回
      本日のオードブル

パリのアパルトマンの絵

第17話

「カヌレを味わって」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



青空に雲が浮かぶ天井画の下
白いテーブルクロスが眩い
高級ホテルのレストラン
ブルーグリーンの
ベルベットの
カーテン
趣き
ある
鉄枠の丸い
重厚な街灯ランプ
パンケーキに泡立つミルク
コーヒーとフルーツを添えた
カヌレなんていかがでしょうか?
ああ、まだ忘れてはならないもの
ボルドーの赤と、お勘定書の額です。





 







        

 第17話 「カヌレを味わって」



  

 その瞬間、私はぞくっとした。

 
それは、私の背後から聞こえて来た南フランスの方言、プロヴァンサル

というなまりをほぼ5か月ぶりに耳にしたからだった。

「まさか、妻ではあるまい」しかし、私は振り返らなかった。


            


 
すると、その女性の声は近づいて来て、ゆっくり、

「パルドン、ムッシュウ、」と私を呼び止めた。80歳を優に越えている

ように見えるマダムだった。上品な感じの黒いワンピースを着ている。

「失礼ですが、レストランはどちらでしたかしら?レストランの場所がわか

らなくなってしまって。ここって、廊下が狭くて、迷路みたいね」その言

葉の中にも軽い南のなまりがあった。「ああ、私も今から行くところです

から、ご案内いたしましょう」「あら、そう。よかったわ」私はその時初

めてマダムの表情を見た。


            


 
「あなた、パリジャンね?」穏やかな笑みの中に鋭い眼光が光った。

そしてマダムはすぐに、「このホテルはお仕事か何かでお泊り?」と聞い

た。「いえ、」と、言いかけると、「それじゃアヴァンチュール?」と私

の顔を覗き込んだ。「残念ながら、いいえです」「そう、それじゃ、

おひとり?」「ええ。そうですよ」と言うと、マダムは「それはお寂し

いことね」と言ってから、「私は待ち合わせなの。でもここのホテルは

初めてで」と私の顔を覗き込むように見た。「そうですか、彼氏と?」

私は確実にジョークを言ったつもりだった。すると、マダムは「ええ、

まあ、そんなとこ」と、こともなげに言うと、にこりと笑った。私はマダ

ムを案内するように連れ立ってレストランに入った。


            


 半屋外のレストランは濃いブルーグリーンのベルベットのカーテンが

あちこちに下がり、あっさりしたインテリアの客室内と比べると重厚な

印象の内装に思えた。そこには似つかわしい雰囲気の懐も温かそうに見え

る人々が談笑していた。


            


 すぐに長いエプロンをつけ、頭も撫でつけたギャルソンがやって来

て、「お二人ですか?」と尋ねた。「いいえ」と私が言おうとすると、

マダムはすぐに「ええ、二人よ」と言ってギャルソンに笑いかけた。

「かしこまりました」と彼は手招きすると、あ然とする私を後目にマダム

はギャルソンの後をスタスタと歩いた。私は彼女の後ろ姿を見ながら、

まさか、妻がこのマダムに化けているのではないかとそんな不安さえ覚

えたほど、先ほどとはまるで違う機敏さに驚いた。


            


 
席につくと、マダムは2つ隣のテーブルを見て、「あれ、おいし

そうね」とギャルソンに聞いた。「はい、当レストランで一番人気の

ブランチメニューのパンケーキです。バターもメイプルシロップも自社の

農場で作っています。ぜひ、お召し上がり頂きたいです」と言うと、

「それじゃ、それと」と言うと、今度は、別のテーブルを指さして、

「あれね、こちらはカヌレも絶品だと伺ったんですけど」とまた、

にこやかな笑みを送った。「ええ、その通りです、マダム。私どもの

カヌレは固くないのが特徴で、とっても柔らかく、もちもちして、お口の

中がそれはそれはボンヌール~!」と彼は目をつぶって陶酔した表情を

浮かべた。マダムは「ふふふ」と上品に笑った。


            


 「ぜひ、いただくわ」「かしこまりました。それではサイドメニュー

にフルーツもお選びいただけます。アプリコット、ピーチ、フィグ、

いちご」「いちご、いいわね、それにするわ。たっぷり乗せて頂戴」

マダムはすぐに返事をした。


            


 
「あなたは?」彼女はなんと、私と本気でブランチのテーブルを囲む

つもりらしい。私は面倒なことになったなと思った。家出の翌朝にご高齢

とはいえ、マダムと食事私の友人に5つ星ホテルに意味もなく宿泊する

ような趣味人も金持ちもいないから、まさか会うことはないだろうが、

私はきっと困惑しておどおどした表情を見せていたに違いない。


 
すると彼女は勝手に「同じものを二人分」と言った。

「かしこまりました」「それにカフェ・クレーム2つ、もちろん、

ボルドーの赤ワインも1本」と年代まで指定して注文を入れてしまった。


            


 
「ここは私に奢らせて頂戴」彼女はギャルソンが立ち去ると涼しい

顔で言った。「あの、先ほどはお待ち合わせと」「ええ、そう。でも

ディナーだから、まだずいぶんと間があるでしょ?」「ディナー?

それじゃ、まだ8時間は先じゃないんですか?」「ええ、でも、おじゃ

まならお隣のテーブルに移るだけだけど」マダムは平気な顔で言った。

お隣と言っても50㎝程しか離れていない。私はため息をついてから、

「結構ですよ、どうせ、私も一人ですし、まあ、家出して来たようなもの

ですから」と言った。「あら、家出?それは穏やかじゃないわね、何か

おありになったの?」こうして、いつも女性は蛇が静に近寄ってくるよ

うにプライバシーに侵入してくるのだ。


           


 
「いえ、特に、何もありませんがね、ちょっと息抜きですよ。この年

になると、ふたり一日中顔を付き合わせていると、何が起きるかって言

うと、」「わかるわ~口げんかよね~」「まあ、そんなところですね」

「きっと奥様とはご趣味が違うんでしょ?」マダムは何でも知りつくし

ているような口ぶりで言う。「まあ、そうですね」そんな話をしている

うちに、カヌレとパンケーキ、コーヒーに赤ワインがテーブルにぎっし

りと並んだ。


            


 
「もうすぐお昼だし、ワインもいいでしょ?」「まあ、そうですね。

私は実は朝からシャンパンで自由に乾杯してきたところですから」と言う

とマダムはびっくりしたような大げさな身振りで、「まあ、それはおめで

とう。自由はいいわね、それじゃ、おじゃまだったかしら?」とまた遠慮

気味に言ったがその言葉には信憑性が感じられなかった。私は隣のテー

ブルを見ながら、「まあ、そちらこちらも同じようなものですから。それ

に素敵なマダムがご一緒してくださるのでしたら」と私はめいっぱいのお

世辞を言った。そうして私はつい15分ほど前に知り合った女性とブラン

チを一緒にすることになってしまったのだった。


            


 私はのべつ幕無しにしゃべり続ける彼女のとりとめのない話を聞くと

もなく聞きながら、もしも、私がこのパリという都会ではなく、かねてか

らの希望のスイスの山の中のシャレーに住むことができたら、今頃、私は

どんな気分で過ごしていただろうと思った。ロッキングチェアを揺らしな

がら、ひとり静かに本を読んでいただろう。間違いなく、こんな無駄な時

間も高級ホテルの宿泊費も必要なかっただろう。そんな妄想をしながら真

っ黒いカヌレと真っ赤ないちごとのコラボ作品を、砂を嚙むような気分で

食べ続けた。


            


 
昨晩から永遠に続くかに思えた私の自由はわずか10数時間で終わって

しまったようだった。そしてこれから私は家に戻り、妻と対決しなくては

ならない。彼女はどんなに高級ホテルで食事をしても、高級ブティックで

買い物をしても、事後報告さえしないし、予定を伝えることもない。その

くせ、たった、それも40年間でたったの一度、無断外泊をしただけで、

私はこれから弁護人もいない被告人として、1名の裁判官による独断で裁

かれなければならない。なんという理不尽なことか!


 私は横に来たギャルソンに手を挙げて会計を済ませ、マダムにお礼を

言ってから用事を思い出したので、お先にと言った。


            


 
「あら、そうですの?それは残念だわ。でもごちそうになっていいの

かしら?」「ええ、もちろん。ごゆっくり!」私はそう言い捨てるように

してレストランを出た。そして階段を2段飛びで3階まで登ると、部屋に

入り、荷物という程のものは何もなかったが、下着はビニール袋に入れて

ごみ箱に捨て、昨日、着たパジャマだけリュックに詰め込むと、すぐに

また2段飛びで階段を駆け下るとフロントに行ってチェックアウトした。


            


 
「お気を付けて。どうか、素敵な1日を!」フロントの女性スタッフ

は私に笑顔を振りまいたが、私は今日ほど女性というものが嫌になった

日はなかった。そして女性とは実に遠慮のない、自分勝手な生き物だと

いう認識を噛みしめながらセーヌの方にてくてく歩いて橋を渡り、左岸

からタクシーを拾った。


            


 乗り込むとすぐに私は運転手に「好きな場所に行ってくれ」と言った。

その運転手はバックミラーでじっと私の顔を見ると、

「わかりました」とだけ言って走り出した



   


上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.2
 
カヌレはもちろん、ホテルのレストランでパンケーキを
食べたことはないと思いますが、
きっと自宅でいただくより味わい深いでしょうね。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年9月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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