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リサコラム
連載543回
      本日のオードブル

饒舌な場所


第7話


「緑の芝生と3年」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


白い床に
白いクローゼットの扉、
美しい公園の芝生が眺められる
正面の二つの出窓があります。
右手の南向きの室内バルコニーでは
優雅に泳ぐように
洗濯物が乾いています。
洗い上がった綿のシャツや
パジャマはさっとアイロンをかけて
干しますとピンと仕上がって、
そのうえ
あっという間にアイロンがけが
終わりますからね。
それでは、
オードリーのソファに座って
さて、どんなほんを読みましょうか?



 
      
  





       


第7話
 「緑の芝生と3年」




 「お元気ですが?こちらに生活を移してから2年が経ちました。その後、いかが

お過ごしでしょうか?私は、今、ここちよい風がライラックの香りを運んでくる出

来立ての部屋でやっととれた休日に、ずっと書きたかった私の気持ちとそして重大

発表をしたくて、この手紙を書いています。この部屋の出窓からはレンガ造りの建

物に緑の庭と赤や黄色やラベンダー色の可憐な花々がとてもよく映えて、美しいで

す。これも、2年前までなら空想の世界だったはずです


             


 ユリアは1年前、そんな手紙を郵便箱で見つけると、その冒頭の部分だけ読んで

封筒に戻し、引き出しの一番底にしまい込んだ。元ライバルだった友人で同僚のS

子から来たそんな手紙の続きをどうしも読むことができなかった。それは書き出し

の数行から伺い知れる幸福な様子に反して、S子に勝ったはずのユリアは失意に満

ちた日々だったからだった。それでもやっと今日、その手紙の続きを読めるのだと

思うと、そんな呪縛からやっと解放される人の気分で、白い部屋の出窓から公園の

芝生を見下ろしていた。


              


 ライラックの香りしなくとも借景の緑の芝生ならあるし、レンガ造りの低層階の

マンションの床もクローゼットもリフォームを経て、まばゆい白い光を反射してい

る。ユリアは決してS子に負けてはいないはずだとの思いで、バスローブのポケッ

トの中で右手は手紙に触れていた。


 部屋内のバルコニーでは、今朝、洗ってアイロンをかけたばかりのシャツとパジ

ャマとローブが気持ちよさそうにハンガーで揺れている。この手紙を読み終えた頃

にはきれいに乾いているはずだから、そうしたら、白いシャツに袖を通して新しい

街の散歩にでも行こうか。気になる雑貨店もあったし、小さな鉢植えの観葉植物で

も買ってこよう。そんなことを思いながら、ユリアは封筒から便箋を取り出した。


              


 ユリアのこの新しい部屋は中古マンションを希望通りにリフォームした部屋だっ

た。勤務先まで約1時間半の田んぼや畑さえ見かけることのできる閑静な住宅地だ

けれど、低層階のマンションの窓からは隣の公園の緑も望められた、まさに理想に

近い角部屋だった。ずっと前からの希望だった洗濯もの干しを南窓の部屋内に作る

こと、床は白く塗装で仕上げることも実現できた。そうしてユリアは連休前の金曜

日の夜に引っ越しを終える段取りで着着と予定をこなしていった。


              


 その金曜日午後、会社のみんなにお別れの言葉を述べ終わると、渡された小さな

ブーケを手に、もう永遠に開くこともないだろうガラス扉を押してオフィスを出

た。ユリアがガラス扉の向こうで最後に手を振ると、1分前まで同僚だった数人は

手を振り、あとの数十人は何事もなかったように仕事を続けていた。ユリアは3年

前、同僚でライバルだったS子が同じように会社を去った時、ガラス扉の反対側に

いた。手を振った彼女に目をやることもなく、慌ただしそうにパソコンに文字を打

ち込んでいたことを今、逆の立場で思い浮かべていた。その時のS子と自分を重ね

合わせながら。ユリアは小走りにエレベーターホールに急いだ。そして午後6時に

はトラックの助手席に座っていた。


             


 「乗せてもらってほんとうにありがたいですこれでもずいぶんいろんなもの

を処分したんです。だから、今日の内に片づけも終えられると思いますけどね」ユ

リアはトラックの中で聞かれることもなく、この部屋を見つけるまで経緯や、今日

会社を辞めてきたこと、そして連休明けからは新たな職場で働くことまで、他人の

気安さでペラペラとしゃべり続けた。


 そして引っ越し業者がユリアの少ない家財道具を運び入れると、予定通り、その

日のうちに片づけと掃除を終えた。そして翌朝は、ユリアの新たな理想の暮らしが

始まるという記念すべき朝であった。


              


 手紙を読み始めるにあたり、まずは、キッチンでミルクパンに牛乳を沸かして紅

茶を入れ、熱いロイヤルミルクティーを作った。そして白いソファに長々と体を横

たえてから5、6枚の便箋にきれいに並んだ几帳面なかわいい文字を一文字ずつ丁

寧に追うことにした。


              


 手紙の送り主のS子は社内のコンペでユリアと最終選考まで争ったライバルだっ

た。結果はユリアの案が採用された。その後、ユリアはS子の上司になることで、

それまでの関係がぎこちなくなり、S子は3年前に会社を離れていった。しかし、

その後のユリアの3年は全く順調ではなかった。なにもかも思い通りにはいかなか

った。あちこちできしみ音が鳴り響き、関係会社の倒産や懇意にしていた担当者の

転勤で、前にも後ろにも身動きが取れなくなる事態も数々経験した。ユリアは引き

継ぎの部下にすべてを丁寧に引き渡し、自分なりの清算をした上で、新たな勤務先

への就職も決めた。そのように今日まで綿密に計算して予定を進めてきたつもりだ

った。


              


 半開きの出窓のカーテンからは庭の緑の葉が部屋の中に飛んできた。いや、それ

は飛んで来たのではなかった。レースに描かれた緑色の葉が風でゆらゆらしている

だけだったが、ユリアは幸せを感じていた。そしてひらひらする便箋を手で押さえ

ながら読み進めた。


              


 「ここは食料の買い出しに行くのにも、車で30分は走らなければならないほど

の場所です。ですから、ここにあるものは、雑木林、林道、休火山だけです。ここ

へ来て、やっとこの不便な暮らしが当たり前の楽しい暮らしに思えるようになって

来ました。(中略)2年前までの日々はとても遠い昔のように感じます。まるでほ

こりをかぶった箱の中に入っているような感覚です。混沌と郷愁が物語のようなも

のに変わっているのです。過ぎ去ったものが発酵して変化したものを歴史だと言う

とすると、あの当時も私にとって一つの歴史だったと思います。だから、ユリアさ

んのことを思い出す時、歴史の中の有名人として思い出されるのです。(中略)


 初めてこの何もない場所に来たとき、小さな山小屋のような簡素な宿泊施設が私

の部屋でした。駅前からバスで勾配のある道を上り、リンゴの皮をくるくるとむい

てゆくように、こんもりとした山をいくつかバスで登り降りして小一時間、その間

ガタガタとバスは車体を上下にゆすりながら進む場所もありました。車窓から見え

たものは、山肌を覆う緑。そしてときどき果実の黄色い実をつけた果樹園くらいで

す。こんな場所が私の新天地だったのです。


              


 私はここにあるリゾートホテルのオープン要員で雇われて来ました。それは、言

葉が悪いかもしれませんが、下働きような日々でした。庭師、電気技師、大工さん

の手伝いや、買い出し、そして賄い料理の下準備など、そんな雑務をたくさんこな

しながら、汗にまみれて、土にとても近いところで過ごしてきました。それまでの

仕事とは180度違う職種です。それでもやっと、グリム童話に出てくるような煙

突のあるかわいくて、エレガントなリゾートとして完成したのです!それに、毎日

汗を地面に落としながらみんなで作った私たちスタッフのセンスいっぱいのかわい

い白い部屋はほんとうに素敵な住まいです。私はここでやれるだけ頑張ってみよう

と思っています。2年間の苦しい日々を頑張って来たのですから、きっとできるで

しょう。


              


 最初、こんな辺鄙な場所にこんなヨーロピアンなホテルなんてと、地元の人は思

っていたようですが、私たちのホテルが出来たことで、競合ホテルも、ショップや

レストランも数軒できるようで、地価もどんどん上がっているようです。そのた

め、地元の人たちが余った土地を売りたがっています。そして、近い将来、有名リ

ゾートになるかもしれない、そんな期待にみんなわくわくしているのです。もし、

そうなった時、(いえ、きっとそうしてみせます。)私たちが一番の老舗なのだ

と、パイオニアだとそう言えると思います。


 2年前、ユリアさんにコンペで負けたことは私に大きなダメージを与えたと思っ

ていました。まるで、「落選」という刻印を押されたかのように、です。しかし、

それなら別のことで1番になってやろうという反発力も同時に私に働いたのです。

それはダメージよりも強く、そして持続性のあるものだったことをつくづく実感し

ています。ぜひ、このホテルのオープニングに、いえ、いつでも結構ですから、時

間のある時に、来ていただけませんか?完璧主義のユリアさんのお目にかなうもの

と自信があります。(中略)それではお目にかかれますことをゆっくり楽しみに待

っております…」


               


 ユリアの手から落ちた数枚の便箋は風に乗って楽しそうに部屋の中を転がり回っ

た。ユリアはソファから起き上がると、しばらくは隣の公園の芝生を眺めていた

が、白いシャツに袖を通して身支度を整えると、書かれていた電話番号に連絡をし

てから、ボストンバッグを持って部屋を出ていった。



 優待チケットの有効期限には、「無期限」と書かれていたから




      


 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1
 「隣の芝生は青い」は、
 "The grass is always greener than elsewhere."あるいは
 ”The grass is always greener."という英語のことわざから来た
  ことを最近学びました。
  芝生も山も、他の人の人生も遠くから見た方が確実に
  美しく輝いて見えます。





  「もの、こと、ほん」は下の写真から。
           
           


p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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