MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載638回
      本日のオードブル

思いでの場所

第8話

「思い出のスキーリゾート」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



白いカーテンの向こうは雪山
ハイソなスキーリゾート
ホワイトベッドルーム
の壁には、
ブラック&ホワイトの
モダンな壁紙。

ヘッドボードは
アクリルの板です。
さて、どんな
物語りが始まるのでしょう?


 







        

第8話 「思い出のスキーリゾート」



 怒鳴るような男性の声が私の斜め前のテーブルから聞こえて来た。

ドイツ語らしいが、内容はわからなかった。


             


 その男性は、ハイソなスキーリゾートの、真っ白い雪に覆われた山々を見下

ろすロッジのダイニングで、朝の清々しい空気の充満する白い麻のテーブルク

ロスに肘をついて、電話をしていた。ダイニング全体に轟くような大きな声で!


            


 彼は失礼ながら、巨漢と表現してよいと思うが、そんな体格に派手な配色の

セーターをかなりぴちぴちの状態で着ているため、その柄が、サンローランの

モンドリアンルックのものだと判断するのに、ちょっと時間がかかった。


 私はこのスキーリゾートに、その時点で10回目の冬の休暇を過ごす常連と

言ってよかったが、彼を見るのは初めてだった。年齢はおそらく80歳は超え

ているようだが、顔はつやつやのピンク色に輝いている。


 「しかし、一度も見かけたことがないということは、誰かのゲストだろうか

?まあ、いい。他人のことに首を突っ込む趣味はない」私は心の中でつぶやい

てから、自分の朝のコーヒーを一口、口に含んだ。「あれ?コーヒー、変った

かな?」私は風味というか、香りというか、コーヒーの繊細で微かな変化に驚

いて、近くにいる給仕人に手を挙げた。


            


 「コーヒー、変えたのかね?」しかし彼は、「いいえ、そんなことは聞いて

おりません」とやや慇懃無礼に答えた。この給仕人も見たことがない。まあ、

何でも古いものを懐かしがるのは老人の証拠だとか言われる。しかし、若い人

間だってそのうちそうなるのさ。私は嫌味な気分に浸食されそうな自分で気づ

いて、「ああ、そうかね。私の勘違いだね」と答えた。しかし、私の気分の悪

さはその前の晩にすでに始まっていた。


            


 それは、私のいつもの部屋には、オーダーもしていないものがあったのだ。

それは、洗濯に出したはずの私のシャツとタオルが投げ込まれたままのバスケ

ットだった。ターンダウンの際にハウスキーピングが置き忘れて行ったらしい。


 「やれやれ、君がこんなへまをするなんてね!あんなにハイソを気取って、

会員制のホテルさながらのサービスを自慢していたのに。なんと嘆かわしいこ

とか!」私はかなりがっかりして、自分でバスケットを部屋の隅に押しやる

と、受話器を取った。しかし、ハウスキーピングは、話し中だった。15分ほ

ど経って、また電話をかけると、「すぐに取りに伺います」と言ったがなかな

かやって来ない。私は部屋の中を当てもなく歩き始めた。もちろん、こんなこ

とは過去にはなかった。「これじゃ、おちおち風呂にも入れないじゃないか」

私は、ソファに腰かけ、足をベッドの上に乗せると、夕刊を広げた。しかし、

それは、なんと朝刊だった。しかも昨日の!


           


 確かに、ホテルの新聞サービスが重要視されなくなったのはわかる。それで

も、今日の朝刊ならまだしも、昨日のだぞ!私は怒り心頭の状態に陥る寸前

だった。「こんなことは過去には一度もなかったぞ!」私はまた受話器を取っ

た。しかし、またもや話し中だ。私は新聞をバスケットに突っ込むと乱暴にド

アの外に出した。目障りなものがなくなれば、気にせずとも済む。これでも私

は根に持たないタイプの人間であり、それを信条としているのだから。私は、

この世のすべての悪は、妬みから始まっていると私は思っているからだ。妬み、

恨みの感情こそが過去の惨劇を生み、ナチスを生み、そしてテロを生むのだ。

私はヘイトクライムに反対する個人運動家でもあるから、こんな些細なことで


自分自身を汚すことなどできない。私はそこまで考えるのに、30秒とかから

なかった。そして一度外に出したバスケットをまた部屋の中に入れようと外に

出た。


            


 すると、バスケットは跡形もなく消えていた。「たかだか、30秒やそこら

で、ハウスキーピングがやって来て、回収したというのか?ありえない」。私

はまた受話器を取ると、「さっき、バスケットを取りに来たようだが、常識的

には、ひとことお詫びの言葉を言うべきだろうね」と私は怒りを抑え込んで、

穏やかに冷静に言った。しかし相手は「回収にはまだお伺いしておりません。

失礼ではございますが、」とかなり失礼な言い方で言い放った。私は、「さっ

きドアの外に出したばかりのバスケットがなくなっているのだから、取りに来

たのだろう」と言った。しかし、相手は、「恐れ入りますが、これから回収に

伺うところでございましたので」と一歩も譲らない。「そうかね?それじゃ、

誰かが、私の洗濯物と昨日の朝刊を間違って持って行ったんだろうね」私は昨

日の朝刊というところを強調して言ったつもりだったが、電話の相手は若い、

新聞など読みそうにない新人のようで、手ごたえがなかった。


            


 私は受話器を置くと、「ここは教育レベルも下がったようだね。まあ、いい、

今日の夕刊を持って来てくれるのなら、この話は終わりにしょう」私は独り言

を言ってから、こんな些細なことで怒ってたまるかと思った。


 窓の外は雪がちらついていた。今年の暖冬でスキーができるかどうか心配し

ていたが、クリスマスを前にようやく寒さが例年並みになってきたようで、遠

くの山は真っ白い雪化粧をしている。さらに、私はこのスキーリゾートにクレ

ームをつけにやって来たわけではない。10年毎年通い続けたこのホテルを好

きだからこそ、遠路はるばるやって来ているのだ。もちろん、スキー場の素晴

らしさはある。しかし、この季節に集まる同じ顔ぶれの人間たちと夕食の後も

白夜の夜を愛おしみながら、暖炉を囲んでワイングラスを傾け、そして、今日

のスキーはどうだったか、誰が一番上手だったかを議論するためにやって来て

いるのだ。だから、昨日の朝刊が、忘れ物のバスケットがなどと、些細なこと

でこのすばらしい休暇を台無しにしたくはない。


            


 私は、熱いシャワーでも浴びて風呂にでも浸かって、眠るまでの1、2時間

を満喫しようと決めた。「そうすればじき、忘れるさ!」


 私は、バスルームに行くとシャワーを浴びた。しかし、そこには、私が好き

なバスジェルもシャンプーもなかった。何ひとつ、一ビンも置かれていなかっ

た。しかも悪いことに思い切りシャワーを浴びた後だった。


 私はすぐにバスローブを羽織るとまた受話器をつかんで、ハウスキーピング

に「シャワージェルとシャンプーを頼む。お忘れのようだね」と丁寧に依頼し

たつもりだったが、相手は、「ただいま、取り込んでおりまして、少々お時間

を頂戴いたしますがよろしいでしょうか?」と来た。私は妬み、恨み事を言わ

ないことを信条にしているから、「わかったよ。時間のある時でいいよ」と言

って電話を切ると、バスローブを着たままでソファに横になった。夜中を過ぎ

たころ、やっとドアをノックする音がして、新しいバスローブと大量のバスジ

ェル、シャンプーなどの小瓶が入った小さなバスケットが届いた。それから冷

え切った体を洗って眠ることができた。


            


 「ああ、君も三流ホテルになり下がったかのか。もう今年限りだね」私は髪

の毛も乾かさず、スキーでではなく、ハウスキーピングとのやり取りで疲れた

体をベッドに横たえた。そして翌朝、清々しい気分に戻り、目を覚ました。


 そしていつものようにダイニングに行ったところで、さっきのウェイターと

のコーヒーのやり取りだったから、私の気分は一気に昨日の嫌な気分に逆戻り

したのだった。


             


  私の斜め前の男性は変わらず大声でしゃべり続けている。彼は、ウェイター

が持ってきた10段ほどはありそうなうず高いパンケーキの山を今から食する

ところのようだった。彼は、幼児の顔なら隠れるくらいだろが、それでもパン

ケーキの山も小山くらいにしか見えなかったが、その上にスキーのストックの

ようにグサッとフォークを突き刺すと、1段1段の間にホイップクリーム状の

バターをたっぷり塗り込み始めた。そして相変わらず、大声で電話の相手と話

しを続けている。私は常に他人の行動に対して苦言を呈したり、妬んだりする

ことをもっとも忌むべき行為だと思ってきたから、今回も、目の前のこのモン

ドリアンルックの紳士、まあ、紳士と一応呼んでおこう、に対しても、私の信

条に基づいたプライドのために、今回の少々の不具合や不満に対しても目をつ

ぶることができた。しかし、少なくとも、前回まではハイソサエティな常連客

が品のあるユーモアを飛び交わす社交の場所だったのにと思うと悲しさがこみ

上げて来た。


 私は落胆の淵からコーヒーをまた一口飲んだ。香りも味もやはり違う。私の

朝はコーヒーだけだから、誰より敏感に感じ取れる自信はあった。間違いはな

い。しかし、コーヒー豆の変わった云々を老人の頑固さと言われるなら、それ

でもよしとしよう。しかし、私は目の前のそのモンドリアンルックの紳士の態

度はどうしても許しがたいと感じた。


 彼と目が合った。そして彼は意外なことににっこり微笑んだので、私は慌て

てにっこり微笑み返した。そして彼は電話を耳に挟んだまま、ストックが突き

刺ささった10段のパンケーキの頂上から雪崩のようにメイプルシロップをか

け始めた。それはとめどなく流れ、大きな皿の縁が池のように黄金色の液体で

満たされても、なお、彼は雪崩を止めなかった。


            


 「もう十分だろうl」私は叫んだ。もちろん、心の中で。しかし、紳士はさ

らに私ににっこり微笑みかけると、横にいたボーイに皿を1枚持ってこさせ、

自ら、その山の中心からナイフを入れ、半分をその皿に移して、お近づきの印

なのか、それを私に渡した。


            


 「半分いかがです?ダイエット中なもので、」彼はドイツ語なまりの英語で

私にそう言うと、ちょっと恥ずかし気に笑みを浮かべた。


 その日、私は初めてカロリーたっぷりの甘たるいパンケーキを朝食兼昼食に

食べた。しかも他人のおすそ分けで。そして、それがその年の有終の美を飾る

思い出になった。


             


 その後、私はこのスキーリゾートで毎冬を過ごし、そして今年の冬で20回

目になるが、あとの19回はどれも同じようで思い出せない。ありありと思い

出せるのは、幸か不幸か、この10回目のこの時だけなのだ




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
    自分の信条に照らし合わせて考えられる人は
    尊敬します。

p.s. 2  

   平凡な日常から時には脱出するのもいいものです。
   平凡な日常を非凡にする工夫もいいものですね。


  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2018年12月号です。
           
           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.