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リサコラム
連載212回
本日のオードブル


第2回


看板に偽りあり


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト


   「先生、このドアは固定されてるみたいですけど」
      「真理を追求する者にだけ開くのだ!」

 
      
  





看板に偽りあり




なのに、また狐狸庵先生の相談室の前に立っていた。今日こそは

このニセモノくさい先生の正体を暴いてやろうという魂胆もあった。

「先生、先日はどうも」私は、ブラインドの隙間から覗きながらガラ

ス越しに大きな声を出した。「また、君か?」先生はブラインドを手

で押し開けると、大きな顔の細い目をぐいとガラスに近づけたので、

思わず、えびのように反り返った。「あ、はい、田中です」そして黒

縁めがねの目は、私の背中を通り越して後ろの通路に向いていた。振

り向くと、数人の通行人がこちらを見ている。「ちょっと待て!」と

先生は手で合図をしたが、しばらく返事をしなかった。もういいかと

思って私は、ドアノブを引いたあと、押してみた。まだ鍵がかかって

いる。ノックしようとこぶしを挙げると、先生の額の前にあった。

「あっ、失礼いたしました」「このドアは押すんだよ。中田君」「は

あ、いえぇ、押しても引いてもだめでしたが
..」「そうか、そんな日

もあるだろう」狐狸庵先生は、ひょうょうと答えた。「先生、ドア、

押さえていたんじゃないですか?」「君は、なかなか勘が鋭いな」

「そんなぁ、先生も人が悪いですよ」


 「ドアとは人生の象徴だよ、中田くん」先生は、私の名前を覚える

気はさらさらないようだ。「といいますと?」めがねの奥で先生の瞳

がギラリと光った。「君、タダで、狐狸庵理論を聞き出そうというの

かね?」「そんなつもりは毛頭ありませんよ。だって、正々堂々、予

約をしてきたんですから」「それなら、まずは予算を聞かせてもらお

うか」「えっ?予算ですか?」「何事にも予算があるだろう。つまり

君の懐具合に合わせて相談料を決めようじゃないか」「よ、予算と言

われましてもですね~。そのぉ、予算次第でお答えの精度といいます

か、そんなものが変るなんてことはないんでしょう?」「そりゃもち

ろん変るに決まっているじゃないか!それが自由主義経済というもの

だよ」「えぇ~、そんなことって、アリですか?」「もちろんだよ」

“2000=にせ”と堂々と看板に書いているだけのことはある。看

板の奇妙な文字列を思い浮かべた。「うさんくさいも堂々とやれば、

正当だよ」なんて、この先生なら言いそうだ。しかし『にせ狐狸庵相

談室』はなぜこんなに人気があるのだろうか?「先生、それでですけ

ど、もし私が藤原紀香だったら、おいくらご請求なさるのですか?」

「君は私を見くびっておるな?藤原紀香なら、安くするとでも思った

んだろう?」「いえぇ、そんなことは、」「よかろう」狐狸庵先生は

やっと椅子を引くと腰掛けた。同時に私にも一人がけのソファをすす

めた。「それじゃポーカーで決めるとしよう」「ポーカーですか?そ

れはもしかして、トランプの、ですよね。いや~ババ抜きしかやった

ことがないもので」「君はポーカーも出来ないのか!」「はい」「情

けないな~。西部劇を見たことはないのかね?」「東宝なら」「…

よろしい。それならチェスはどうだ?」「いやぁ、それもちょっと


「ダンスと並んでジェントルマンのたしなみだよ、中田君」「きっ

とその手の、あの、上品な趣味はぁ」「古臭いといいたいんだろう」

先生はざっくりと私を串刺しにた。「いや、そんなつもりじゃないん

です」「それじゃ、囲碁か将棋はどうだ?」「いや、それも、ちょ

っと、ですね」狐狸庵先生は青汁を3杯飲ませられたようなげんなり

した顔になって、「それじゃあ、仕方ない。じゃんけんの10回勝負

でどうだ?」「ええっ、じゃんけんで相談料を決めるんですか?」

「勝ったほうの金額にしようじゃないか!」世の中にこんな相談料の

決めた方がいったいぜんたい、あるのだろうか?「先生はいつもこん

な風にお決めなのですか?」「いや、今、思いついた」「えっ今?」

「それなら、はじめに金額を決めませんか?」「いいだろう。それじ

ゃ君から」「あ、あのぉ、それでは失礼とは存じますが、3,150

円程でと思っております」「そうか、そうきたか、それなら、私は

その10倍の31,500円といこう!」「ええっ?そんな大金、持

ってませんよ」「もちろんクレジットもOKだよ」「いやぁ、その、

ああ、それなら、ちょっと今回は止めておきます。じゃんけんに弱い

ものですから」狐狸庵先生はじっと私の顔を覗くと、「そうか、それ

ならタダで結構」。「いや、その、そんなつもりじゃあぁ~」私は

ゴネ得をしたような気がしていたが「いや、それはいくらなんでも」

と昭和の社交辞令を述べた。どんなに一般常識に欠けるとはいえ、タ

ダより高いものはないくらいのことはわかる。しかし、偽ものという

よりよほどの変人に違いない。「タダで一向に構わん。それより君の

相談は何だね?「ああ、はい、先ほど言われておられました、『ドア

とは人生の象徴』というのはどんな意味なんでしょう?」「つまり、

押すか引くか、人生の重要な局面に立ったとき、それしかないという

ことだね」「なるほど、押すか引くね」「人生ゲームには、押すか引

くしかないね」「はあ、押したくても、誰かがドアを押していて、ド

アが開かないときもありますしね。先生はそんな意味で、先ほどドア

を開かないように押しておられたのですね。先生は「さよう」と答え

た。「なるほど。そうですか」「人生の岐路ではドアが自動で開くこ

ともあるものだよ。そんなときは運がよかったというんだろう」


 先程までうさんくさいと思っていた狐狸庵先生は人生の指針を示す

師のように信頼できる人に一変した。「先週よりは君も1週間分前に

進んだらしい」「そうでしょうか?」私はそう言われて、ちょっと恥

ずかしくなった。「そこでだ、君、このドアの上の電球を替えてくれ

ないか?見れば、天井のダウンライトが切れているようだった。「そ

のくらいはお安いごようです」私は早速自分が座っていたソファイス

をドアのほうに寄せると、その上に乗って、電球を取り替えるとソフ

ァを戻した。「先生、3,150円やっぱりお支払いいたします」私

は、先生をニセモノと思ったことに良心の呵責を感じていた。真のニ

セモノは自らニセモノを名乗るわけがない。私はテーブルにお金を置

くと、紳士的にさっとドアの外に出た。バタンというと同時に『使用

中』のドアの看板がひっくり返った。「2000円/30分 狐狸庵

相談室」と確かに読めた。「ええ~なんだ~!この前は、円/30分

はなかったぞ!いや、絶対になかった。その切り文字は新たに貼られ

たように他の文字より少々新しく見えた。私はやっと納得した。先生

ははがれていた、円/30分を貼り付けたばかりだったんだ!“20

00=にせ”なんて心の目を使ったつもりになって、深読みまでして

しかもたった15分ほどの相談で喜んで1,050円も多く支払って

いた。さらにドアが開かなかったのは、先生が電球を替えようとソフ

ァの椅子で押していたからに他ならなかった。






              








                                      木村里紗子








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