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リサコラム
連載617回
      本日のオードブル

わがままな部屋

第8話


「思いでの壁」



木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




夏が
やって来ると
思い出すこと
それは小学生の夏休み。
真っ黒になりながらプールに
通ったこと?それとも涼しい別荘で
過ごしたハイソな思い出ですか?
あるいは自分の部屋の壁に
いっぱい落書きをして、
怒られたことですか?
キュートなリボンや
電車やバッグの
絵が描かれた
壁紙は
子供より
大人に
人気なのは
よくわかりません。
うそです。


 







        

第8話
  「思いでの壁」




 「はい。みなさん、これから何が始まると思いますか?」


           


 先生は黒板の前を行ったり来たりしながら、教室のみんなの顔をゆっくり

見回した。


            


 「はい、はい、はい!夏休みです!夏休みに決まってら~!」ジャイアンと

いうあだ名(ドラえもんに出てくる乱暴者の子供、きっと今ならいじめっ子

だが、当時はいたずらっ子と呼ばれていた。それは今の価値観からすると同じ

かもしれないけれど、その本質は清潔感のある憎めないいじめで、今のとはき

っと大きく違うだろう)の男子が一番後ろの席から叫んだ。不思議なことに、

彼は関西出身なのに、なぜかいつもべらんめえ調でしゃべる。その時、私の席

は真ん中のちょっと左寄りだった。


            


 「夏休みの前に、冬休みのわけがないけどね!はっ、はっ、は!」私の斜め

後ろの席のサルトルがニヒル風(あくまでも「風」)に笑った。(彼はいつも

皮肉なことを言う男子だった。小学5年生で自分のことをサルトルの生まれ

変わりだと言って気取っている男子は当然仲間外れにされるか、敬遠される。

そしてサルトルがほんとうに亡くなったときに腕に黒い腕章をつけて学校にや

って来た時は話題になった。みんなにそれを懇切丁寧に説明して回っていた

けれど、あまり相手にされなかったようだった。単に誕生日が同じだから、

そんな奇妙なことを思いついたのだろうと言った隣のクラスの男子生徒だけが

友人になったようだった)


            


 「はい。先生、ベートーヴェンのピアノソナタ第5番です!」と言ったのは、

シュレーダー(これも私がつけたあだ名。シュレーダーというのはスヌーピー

に出てくる、ルーシーが敬愛する子供の音楽家で、片時もミニチュアピアノを

手放さない。こちらもベートーヴェンの生まれ変わりだと思っているらしい)


            


 「あほか!」といったのは、アルセスト。(これもプチ二コラに出てくる男

の子の名前で、やはり私だけが知っているあだ名。彼はいつも何かを食べてい

る。フランスの学校では、授業中にジャム付きのパンなんてものを食べられた

のかな?と私は今でも不思議に思うけれど、そんな子はいたのだろう。同じく

この彼も先生の目を盗んでちょくちょくチョコレート菓子を食べていたし、

食べられないときはいつもお菓子や食べ物のことばかりを考えている、正真正

銘の食いしん坊だった。)


            


 「これから、ケーキとエスプレッソでアフタヌーンティですよね、先生?」

と言ったのは、みんながあだ名をボーボワールとつけた女の子だった。

(サルトルといつも仲よく議論を戦わせているためにサルトル氏が名づけた。

しかし、サルトル氏を除き、クラスのほぼ全員が嫌っていた。しかし、孤立し

てさえ、グループにはいることを拒否しているのだから、私は、彼女はすごい

と思っていた。でも一方で、強がっていなければ、いつも泣かされるからだっ

たのかもしれない。)


            


 先生はお団子を3段くらい重ねた頭をゆっくりゆっくり左右に向けながら、

(きっと全員に答えを言ってほしいとでも言うような感じだった。)窓際の席

のまこをさした。(まこは本名ではなく、鈴木まさこが本名。でも、サルトル

とボーボワールを除いてみんなは「まこ」と呼んでいた。)


            


 まこは黙ったままで下を向いた。「さあ、鈴木さん、これから何が始まると

思いますか?」先生は教壇の端まで行って、まこに発言をするようにと言っ

た。しかし、いつまでたってもまこは答えなかった。(私はまこが答えない理

由を後で知った。まこはFBIみたいな情報通だったのだ。)


            


 とうとう先生は、まこの答えを諦めた。それから先生はその後ろの男子生徒

をさした。


 「はい。最後の授業です」「あったり前じゃん!夏休みなんだからさ!」と

後ろの席から声を張り上げたのは、ユードだった。(本名は本田君といった

けれど、彼はあまり細かいことにはとらわれないというか、いつも教室の後ろ

で暴れているような男の子で、ほとんど授業を真剣に聞いていることはなか

った。あだ名も私がつけたもので、もちろん、だれも知りはしない。ユードも

やはり、『プチ・ニコラ』の本の中に頻繁に出てくるいたずらっ子のひとりで

私はまともに話をしたことはなかった。)


            


 先生はクラスの中でまだ発言してはいない子供たち、ひとりひとりにマイク

を向けるように聞いていった。(そのとき、「どうしたことだろう?先生は

いつも、中くらいにできる子2人とあまりできない子2人に聞いてから最後に

できる子にあてるのに」と私は思った。)


            


 「はい、太田君の言う通りです。」(太田君というのは、つまりジャイアン

のことで、関西出身なのに、べらんめえが得意で納豆が大嫌いな男の子)する

と、次の席の男の子も女の子もみんな同じく、「太田君の言った通りです」

「太田君の言ったように『夏休みが始まります』」と口裏を合わせるように

言った。


            


 しかし、レイだけが、「授業が始まるんでしょ?あたり前じゃん!」と

言った。(レイというのは、正義心と反逆精神旺盛の女の子で、男子はみんな

怖がっていた。クラスの中で何か問題が起きたら、みんなレイに相談をし、物

事は解決に向かっていたし、身の安全も保障された。つまり、けんかしても

結局、レイに先に相談した方が絶対的に有利になるということだった。でも、

レイが風邪か何かの病気で休んでいた時、困ったことが起きた。それは、席替

えのときだった。レイが休みだと席替えが紛糾するのだ。つまり、みんなレイ

のそばにいたがったし、レイには、いつも数人のコバンザメがついていた。)


            


 そして先生は最後に、いつも最前列の教壇の真ん前に座っているアニュンを

さそうとして、斜め後ろの私をさした。すると、アニュンは振り返って私を、

メガネをかけた瞳の奥でにらんだ。(アニュン、これも私がつけたあだ名で

やはり、『プチ・ニコラ』に出てくる優等生で先生のお気に入りとして登場す

るアニャンの女の子版ってところ。本の中ではアニャンもメガネをかけてい

る。そしてメガネを外すと誰かがぶん殴るので、絶対にメガネを外さない。

殴る前から、殴ってメガネが割れたら親に言いつけるぞ、退学になるぞと言っ

ては、いつも自分から泣き叫ぶ。さらに、休み時間には外で遊ぶこともなく、

前の授業のおさらいをするのだ!)


            


 私はそのアニュンの3つ斜め後ろの席に座っていた。そして、アニュンを除

けば私が最後の発言者になるのはみんなも私も知っていた。私は隣の席の子を

ちらっと見てから、起立した。そして、私は黒板の左端のところまで行って、

チョークを取ると絵を描き始めた。


            


 私は人前で発言するのがとても苦手で、発言しようとすると顔が真っ赤に

なって、言葉が出なくなってしまう。実はそのとき、先生のお団子が1段多

かった理由を予測していたのだ。先生の頭のお団子が今まで見たこともない

ような3段になっているということはただならぬことだと見抜いた。


            


 私は先生の3段のお団子頭を描いた。そして頭に赤いチョークでリボンを

描いた。すると次々にみんながやって来て、絵を描き始め、教壇は押し合い

になり、そこでまた騒動が起きた。先生はしかし、その様子を黙って見ていた。


            


 そして黒板がチョークの絵でいっぱいになったとき、アニュンは「ほら、あ

んたたちが勝手なことして、学級崩壊させるから先生が泣いているじゃん!」

と叫んだ。教壇の私たちは一斉に後ろを振り返った。


 先生はなんと、教室の一番後ろで、泣いていたのだ!何人かが先生のところ

に行って、「せんせ、どうしたんですか?」と聞いた。


            


 それから先生は黙ったまま、黒板の前に行くと、黒板の空いている場所を

選んで、「さようなら」と書いてから、「今日でみなさんともお別れです。

私はフランスに留学することになりました」と言った。(先生はきっと『これ

からお別れ会を始めます』というつもりだったのだろうけれど、なかなか切り

出せなかったのだろうと今の私は思う。)


 教室中がどよめいた。すると、すすり泣きのような、号泣のような、怒号の

ような声であふれ、教室中がベートーヴェンの第9が始まったみたいになった。


            


 私はひとり、ガラス窓越しに廊下を見た。すると、両隣の教室から先生と数

人の生徒が何事かと出てきて覗いているのが見えた。


            


 それから先生はひとりひとりと、「さようなら、これからも勉強、頑張って

ね」と言いながら握手をして回った。そして、チャイムが鳴って先生がハンカ

チで涙を拭きながら出て行った後も、アンュンだけが、「先生は私だけをささ

なかった!」と言って体をゆすって泣きじゃくっていた。


 あれから数十年の歳月が流れた今日、私はあの先生とクラスの仲間に会い

に行く。その頃、スマホでもあれば、あの黒板のアートをネタに盛り上がった

かもと、数日前、ふと私は思いついて、自分の部屋の白い壁にあの時の黒板

の落書きらしきものを描いてみた。そしてそれをiPadで撮って、バッグに

入れた。


            


 まあ、ちょっと今風にはなっているけど、およそこんな落書きだったことだ

けは確かだから




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
    「プチ・ニコラ」サンペの絵、ゴシニの文
   子供の頃から、ずっとずっと最高に好きな物語です。

p.s.2
   今日はiPadの画面にiPadペンで直接描きました。
   パース風にも描けるように分度器と定規が画面に出てきます。
   ちょっとコツが要りますが、楽しく、
   しかも、いつもの3分の1から2分の1くらいの
   2時間ほどで描けました。
   楽しくてきっと癖になります。これもちょっと困る。


   

  「もの、こと、ほん」は下の写真から、
           
            


p.s.2
   
 E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   
 英語版を出版いたしました。
    "Bedroom, My Resort"の英語版がようやく出版されました。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    
E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
  
 どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。






シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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