MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載631回
      本日のオードブル

思いでの場所

第1話

「くるみ割り人形」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



湯気をたてて、
舗装し直された道路に
太いチョークのような
真っ白い線が等間隔に
並んでいました。
それは
横断歩道と
呼ばれるものですが、
その時の僕にはとても聖なる
安全地帯に見えたのです。

 







        

第1話 くるみ割り人形



  リビングの片隅に置かれたかごをそっと持ち上げると、かごの中の子猫

はぐっすり眠っているようだった。


            


 10月最後の土曜の夜中、僕は小3の息子の部屋をそっと覗いてから、一度

帰宅した自宅マンションから出ると、表通りに出た。


 イチョウ並木の街路樹は黄色い葉をまき散らし始め、見上げると白くておい

しそうなおまんじゅうのような月が僕と猫入りのかごを照らしていた。


 僕は新しい横断歩道の一番乗りに違いない。でなくてはならないと思った。

それから僕は、猫の入ったかごを真新しい横断歩道の真ん中に置くと、じっと

かごの前に立って信号が赤に変わるまで、猫の様子を見守るつもりだった。そ

の間中、僕の耳にはあの聞きなれた奇妙な音楽がずっと鳴り響いていた。


            


 僕は7人兄弟姉妹の末っ子として生まれた。当然ながら、僕のクラスメート

にはそんな大勢の兄弟姉妹を持つ者はいなかった。


 あれからずいぶんな月日が流れたが、僕の3人の兄はそれぞれの分野で名を

成している。長男はテレビドラマのプロデューサーになり世界中を飛び回って

いるし、次の双子の次男は医者に、三男は数学者になり、2人とも学校で教鞭

をとっている。長女は留学経験を生かして外資系の金融機関でキャリアを積ん

だ後、今はボランティア活動でやはり海外を飛び回っているらしい。らしいと

いうのは、かれこれ20年は会っていないからだ。そして次女はスポーツ留学

をして、裕福な外国人と結婚して、今は子供たちにそれぞれ水泳、卓球、サッ

カーの英才教育を施しているそうだ。3女は子供の頃から得意だった語学を生

かして、有名進学塾で英語の講師をしている。そんな兄弟姉妹を持ちながら、

僕には得意な教科はこれといってなく、かといって、運動神経がよいわけでも

なかった。つまり、僕と優秀という言葉は水と油のように決して親和すること

がなかったのだ。


 そんな兄弟姉妹の家庭はどうだったかと言えば、僕を除いた兄と姉の1+

+3=6という感じでいろんなものごとが進んでいた。たとえば、長男が何か

面白いことをやろうと言い出すと、双子の次男と三男が力仕事し、3人の姉妹

がその準備役をするという具合に物事は進んだ。


            


 それは僕が小3の秋だった。長男は、ハロウィンに両親への感謝の気持ち

を込めて、大掛かりなサプライズをやろうと言い出した。当時、ハロウィン

は日本でも流行り出していた。しかし、なぜ、ハロウィンに両親への感謝の気

持ちを込める日になったのかは、今でもわからない。しかし、クリスマス、

正月、兄弟姉妹の誕生日など、イベント、サプライズ好きの長男はいつも面倒

なことを思いつく天才だった。しかし、当時、僕が小3で長男は高2年だっ

たので、子供と大人ほどの違いがあり、僕はいやでも、逆らうことができな

かった。


 ちょうどその頃、2番目の姉はピアノを習っていて、5線の上に何本も線が

入っている、『くるみ割り人形』を練習していたため、ハロウィンは『くるみ

割り人形』の劇をアレンジした劇にすることになった。その『くるみ割り人形』

の中の『金平糖の精の踊り』は転調を繰り返す曲で、姉がその有名な部分を弾

き始めると、胃か何かの臓器を素手でつかまれるような気分になっていた。

そして今も、やはりそんな気分になる。


 僕は王子がくるみ割り人形に替えられたそのくるみ割り人形の役で、三男が

どこからか見つけてきた兵隊さんのような衣装を着せられると、くるみ割り人

形そのものになった。そしてハロウィンの劇自体は、ストーリーの展開がよく

わからないままに、2人の兄と2人の姉がツリーの周囲を踊り、僕は『金平糖

の精の踊り』という、奇妙でミステリアスな音を聞きながらそれをじっと動か

ずに見ていて終わった。


            


 小3の僕はそのハロウィンの夜、ずっとこのまま、くるみ割り人形に変えら

れたまま、みんなと手をつないで踊らされることもなく、人生を送るのかと思

うと、疎外感ではなく不思議なほどの安堵感を覚えた。初めて自由というもの

を知った感覚だったのかもしれない。


 実際に6人の兄と姉は1++3という具合で、部屋が割り当てられていた。

つまり、長男は一部屋、次男と三男は二人で一部屋、姉たち3人は3台のベッ

ドと机を置いた一つの広い部屋で、しかし末っ子の僕は畳3枚もないほどのと

ても小さな部屋で寝起きしていた。この小さな部屋が実は僕が唯一、疎外感か

ら解放される場所だった。


 僕の7番目というスタンスをきっと兄、姉も友人も理解することは難しい

と思う。7という数字はラッキーな数字と思われている反面で、6とは全く違

う数字なのだ。


            


 僕は中学で6という数字が完全数というものであることを知った時、その感

覚をさらに強くした。6は1+2+3という自分以外の自然数の約数を持ち、そ

の約数の和は元の6という数になるという自然数の中で一番初めに現れる完全

数ゆえに、神が作った数字とも言われているらしい。しかし僕には1+2+3は、

まさに長男、双子の次男、三男、そして姉3人の和に思えてならなかった。

もちろん、今でも、多少薄れはしたがそんな感覚は、常に心の片隅にある。

そうしていつの間にか、僕は、芯からは誰も信用できないという性質を手に

入れた。それは僕のせいではなく、完全数の兄弟姉妹から外れた「1」だから

だと思って来た。


           


 そして、長男、次男、三男、長女が家を出た数年後のある夜、塾の帰りに

家の近所で子猫を見つけた。捨て猫のようで、ミャーミャーとイチョウ木の下

で泣いていた。僕は家から丸いみかんかごを持って来ると、木の下に置き、そ

の中に水の入った小皿を置いて、猫が中に入るのをじっと待った。その時も僕

の耳にはあの奇妙な『金平糖の精の踊り』が鳴っていたことを覚えている。

1時間ほど辛抱強く待つと子猫はかごを見つけて中に入って上手に水を飲んだ。

そして僕はまんまと子猫の捕獲に成功した。しかし、両親は動物を飼うことを

許さず、僕は泣く泣く、その夜、その子猫をまた捨てに行くことになってし

まった。


 勝手口から外に出ると、裏通りの横断歩道の白い線が目に入った。今まで

毎日、何の気なしに渡って来た横断歩道なのに、僕は初めてその存在を意識し

た。それと言うのも、真白く塗り直されていたからだった。塗りたての歩道は

通行止めにされて、舗装仕立ての道路からは湯気が出ていた。僕はとっさに、

ここなら一番目立つし、安心だと思ったのだ。


 僕は塗りたての真っ白い歩道の上に子猫の入ったかごを置いて、走ってイチ

ョウの陰に隠れた。するとすぐに誰かがかごに気づいて持って行ってしまっ

た。


             


 あれからもう30年も経つとはとても信じられないが、ハロウィンが近づい

た月夜の番、僕は電車を降りて自宅に向かう道で横断歩道が白く塗り直され湯

気を出しているところに遭遇した。僕は小3のあの晩を思い出していた。

すると、あの音をまた耳にした。それは僕のポケットから鳴る『金平糖の精

の踊り』だった。僕はスマホを取った。


 「パパ、今日、猫を見つけたから飼ってもいいよね?」僕は湯気を立てる横

断歩道の前で、心の中で苦笑しながら息子に答えた。「残念だが、このマンシ

ョンでは飼えないんだよ」


 そしてその夜、僕は息子が寝入っている間に猫入りのかごをそっと横断歩道

の上に置くと、幸運にも間もなく、次の飼い主が現れて、横断歩道から持ち去

って行った




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
  
  横断歩道がきれいになると新鮮な気持ちでいいですね。
  ちょっとウキウキして、汚さないように、白い線を
  またぎながら通ったものです。

p.s. 2

  ストーリーは架空です。
 

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2018年10月号です。
           
            


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    英語版を出版いたしました。
    "Bedroom, My Resort"の英語版がようやく出版されました。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.