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リサコラム
連載632回
      本日のオードブル

思いでの場所

第1話

「フレンチドレッシング」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



ビストロ
チェックの
テーブルクロス
3種類のガラスのお皿に
お揃いのナプキンと
ナプキンリング

前菜は
きれいな
モザイク色の
シンプルサラダ
お味もシンプルな
フレンチドレッシング
とっておきのワインを開けて
さあ、30年分の思いの詰まった
歓迎パーティをやり直しましょう!

 







        

第2話 「フレンチドレッシング」



  「先生、わざわざお越しいただき、ほんとうにありがとうございます」

私はコック帽を取ると、うれしさ、恥ずかしさでブルブル震える右手を左手で

押さながら
、先生の横で中腰になった。額の汗が目に入った。


            


 「ああ、その恰好、辛いでしょう。立って頂戴。」「いいえ、先生、どうか、

お気になさらず。慣れていますから」「それなら、そこに掛けたら?お客さん

来たら、すぐに立てばいいじゃない?」先生はしわくちゃの顔をさらにしわく

ちゃにした。「いえ、とんでもないことでございます」私はさらに強く手を押

さえつけた。「ご予約いただきました時に、まさかとは思ったんですが、」

私は30年分の言葉が一気に出ようとして出口で詰まってしまった。


             


 「あなたがフレンチのお店を開店してるって聞いたものだから」

 「そうですか。でも、ここは、フレンチと言っても、ビストロですから、

シンプルなフレンチで。あの、それで、そちらはお孫さん、ですか?」私は先

生の席の横に行儀よく座っている女の子に笑いかけると、先生の顔を見た。



            


 「そうなの。こまこって言うの。さあ、」先生はこまこと呼ばれた女の子

に、お辞儀をするように促した。こまこちゃんはすぐに、「こんにちは」とペ

コンと頭を下げた。「こんにちは。いらっしゃいませ」私はいかにも、お勉強

ができそうなこまこちゃんを羨望のまなざしで見た。先生も自慢の孫という感

じでにこにこ顔を崩さず、「今日はこまこの誕生日なの。でも、両親ともに忙

しくて、誕生日を祝ってあげられないから、私がここに連れてきたのよ」と言

った。「そうだんったんですか。頭のよさそうなお嬢さんですね。私とは大違

いだわ。でも、先生、ほんとにうれしいです。先生とこんな感じでまたお目に

かかれるなんて、思ってもみませんでした」私は言いながら、中学の頃の自分

を懐かしく思い出していた。


            


 「それじゃ、先生、今日は腕によりをかけて料理をお出しいたしますから」

私はそう言うと、中腰から少しよろけて立ち上がり、ドアの方に向かった。そ

して「貸し切り」の看板に変えてから、席に戻って来ると、先生とこまこちゃ

んはメニューブックをじっと眺めていた。


            


 「この、シェフのおすすめモザイクサラダっていい名前ね、きっとおいしん

でしょ?」先生は私の顔を眺めた。「先生のお口に合うかどうか自信がありま

せんが、うちは全部、ベジタリアンメニューなので、お魚もお肉もなくて、

さらに、疑似お肉やお魚も使わず、純粋にお豆腐や豆を使った和風フレンチな

んです。それでも、よろしいでしょうか?」「ええ、もちろん。どれも、おい

しそうじゃない。私も最近はベジタリアンになってね、この子も野菜にお豆腐

にお豆にチーズ、大好きだから何でも大丈夫よ。アレルギーもないし」「そう

ですか。それでは素晴らしい。ではお恥ずかしながら、私の料理を楽しんでい

ただけるように、がんばります。どうかゆっくりして行ってくださいね。さっ

き、貸し切りにしましたから」先生はちょっと驚いた。「そんなことまでしな

くていいのよ」「いえ、先生。先生にまたこうしてお目にかかれた記念日です

から。それにそんな先生のお孫さんのお誕生日ですし、当然です」私はそう言

うと、アシスタントに前菜のサラダの指示を出してから、また先生の席に戻

った。


            


 「先生、お飲み物はお水でしょうか?それとも少しお飲みになられますか?」

「そうね、それじゃ私だけ、白ワインをいただこうかな?」先生はまた数本の

しわを増やしながら、私を見上げた。「それじゃ、今日はとっておきのワイン

を開けましょう、でも」私はすぐに、右手の人差し指を立てると、「これは私

の先生へのお礼の気持ちです」「あら、そんなのダメよ。今日はお財布を膨ら

ませてきたんだから、ちゃんと取ってね」「お言葉ですが、先生、これは先生

への最後の反抗です」と言うと私は照れ笑いをした。先生も目を細めて笑った。

そして私はそのとっておきのワインを持って来ると、恭しく栓を抜いた。


            


 それは30年物の私の大事なワインで、2年前、このワインを見つけた時、

これは買って置くべきだと、直観のようなものを感じて、大金を払って手に入

れた。それは、1990年、私が中学3年の時に樽に入ったワインだった。


 先生は家庭科の教師で、私が中学1年から3年まで偶然にも担当だった。

当時の私は簡単に言えばできの悪い生徒、つまり、劣等生だった。しかし、悪

いグループに入るような度胸はなく、ただ、先生に反抗的な態度を示すことだ

けで私のアイデンティティを保っていたのだろうと思う。当然ながら、学校生

活をすなおに楽しむでもなく、勉学に励むでもなく、いつもゆるゆるの綱の上

をぐらぐらしながらも命綱を頼りに渡っているような感覚でいた。


            


 そして中学卒業間近のある日の家庭科の授業で、パーティ用の料理を作るこ

とになった。私はフレンチドレッシングのサラダを作る担当になった。それが

一番簡単そうに思えたから自分から担当を申し出たまでだった。それでも私は

面倒だなと思いながら、窓の外でマロニエの木がざわざわと枝を揺らす様子を

ぼんやり眺めては、計量なんかせず、適当に酢と油と塩、コショウをボウルに

入れると、泡立て器でかき混ぜた。そこに他の友達がちぎった野菜を適当に入

れて、ヘラでかき混ぜた。本来なら、ドレッシングはドレッシング用の器に移

してから最後にさっと合えるべきなのに、私は言われたことを聞いていなかっ

たし、それよりどうでもよかった。そして、できたものを並べると試食になっ

た。先生はテーブルを回り、出来栄えを見て回った。そして私のいるグループ

のテーブルにやって来ると、私の作ったぐったりしたサラダを見て、「ちょっ

と味見させて」と言った。私は黙って、皿を先生の方に少し押しやった。先生

は、一口、二口、3口と無言で食べると、「うん、うん」とうなづいてから、

「これは、おいしいわ。野菜にドレッシングがなじんで、コショウも効いてい

るし。この作り方の方がよかったみたい。今度からこうしようかしら?ほんと、

これぞまさに、シェフの味ね」と、とても自然に感動を表した。


            


 私は内心、私は胃がひっくり返るくらいに驚いていたが、中庭の方を向い

ていた。私はそれまで、先生にも親にも褒められるようなことがなかったか

ら、反応の仕方さえわからなかったのだった。褒められるのは優等生だけで、

劣等生の私には無縁のことだったから、無理もなかったと今でも思い出しては

恥ずかしく思う。そして、その年、中学3年で高校進学をあきらめて飲食店に

就職した。それから店を転々として、私はただ、一度だけ褒められた『料理』

の道を進むことになった。


 無論、楽ではなかった。下積みと言われるものは嫌というほど経験する中で

常に睡魔との闘いの日々が続いた。眠りながらボウルや鍋を洗っていることも

普通にあった。それでも、自力で何とか小さなフレンチビストロの店を持つこ

とができたのは、中学を出て28年も経った時だった。今ではひいきにしてく

ださるお客様も増え、やっと食べていけるようになった。


            


 そんな私の店にあの担任の家庭科の先生がやって来てくれたということは、

信じられないような出来事で、ずっと心臓がバクバクと打つ中で料理を作り、

デザート、コーヒーまでを無事に出すことができた。私は最後に残りのワイン

で先生と乾杯をした。


 「先生、私のことなんかを、覚えていてくださったなんて。ほんとに光栄で

す」先生は、柔和な瞳で、「もちろん、それより、ほんと、おいしかった。こ

れぞまさに、シェフの味ね」と言った。私は無言でしばらくじっと頭を下げ続

けた。先生は少し酔って、いい気分になっているようだった。


            


 「先生、最後の年のパーティ料理の実習の時ですが、私、フレンチドレッシ

ングのサラダを作って、先生に褒められたんです。先生は覚えておいではない

でしょうけど」と言うと先生は、「あら、そうだったかしら」と言った。

「その時も、今みたいに、『これぞまさにシェフの味ね』」って言われたん

ですよ。それで、私、もしかしてそんな才能、あるのかな、なんて勘違いして、

この道に入ることになったんです。他にとりえもなかったですし。でも、また

こうして先生にお目にかかることができたから、きっとまちがっていなかった

んだと、今日、確認できました」しかし先生はもう、うとうとし始めていた。

こまこちゃんは持って来た本を黙って読んでいた。


★「先生、タクシーをお呼びします」と言って私は立ち上がった。私はタクシ

ーがやって来るまで、先生に肩を貸した。そして、タクシーが店の前に停まる

音が聞こえて、クラクションが鳴った。先生は、はっと目を覚ますと、

「あら、ごめんなさい」と言ってすっと立た。そして、財布から数枚の紙幣を

抜き出して、私に渡した。


 「先生、そんな、多いです」「おつりは貸しにしておいて。また来るから」

と言った。「そうですか」私は仕方なく数枚の紙幣をポケットに入れると、

先生を車に乗せた。


            


 「ほんと、おいしかった。これぞまさに、シェフの味ね」と先生はまたそう

言うと、私の肩をポンとたたくふりをした。「先生、それって、先生の口癖だ

ったりします?」「それって?」「その、『これぞまさに、シェフの味ね』

ですよ」私は笑いながら尋ねた。先生もふふふと笑ってから、「30年前に

覚えたセリフよ。これでひとりの子が改心したからね、それ以来、愛用して

るのよ。でも、今日はほんとに、これぞまさに、シェフの味だったわ」と言う

と、私の前でタクシーのドアがゆっくりしまった。


            


 「そうだったんですか」私は窓に向かって言ったが、先生はにっこり笑って、

それから目をつぶった。車はすうと路地を曲がって行った。「あの、ワイン、

実は、私が改心した年にできたワインだったんです」私もそっと目をつぶった。





   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
  
  ラジオで、時々、社会人の弁論大会が放送されます。
  それを聞いていると、
  中学時代にぐれて学校に行かなかった子供たちが
  独力で勉強して、30歳を過ぎて高校を卒業して大学に行って
  社会で貢献しているとか、そんな話がたくさんあって驚きます。
  まさに、『事実は小説より奇なり』を実感します。

p.s. 2

  今年流行のタータンチェックのテーブルクロスをiPADのメモで描いてみました。
  楽しかった~です。
 

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2018年11月号です。
           
            


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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