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リサコラム
連載635回
      本日のオードブル

思いでの場所

第5話

「最後に開く花」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


白い
リンクに
咲いた花は
優雅に波打つ
ピーコックブルー
まん丸なミモザ、
ひねたハートの
キャンデイピンク

個性的な3つの花を
さらに美しく見せているのは
リンクに描かれた無数の軌道と
散らばった花束と花びらです。


 







        

第5話 「最後に開く花」



  「おお!」「わ~|「すご~!」リンクの周りから湧き出た歓声は、

ケーターズワルツの音楽に乗って
リンクの周りを一周した。


            


 そして3人のスケーターが
スピンをしながらリンクの中央に寄って来ると、

キャンディピンク、ミモザ、そしてピーコックブルーの傘のようなスカートが

一斉に花開いた。歓声はさらに
エコーを帯びて天井に跳ね返り、会場全体に

波紋を広げていった。


            


 「何、あれ、ハート?」M子の真後ろか驚きの声が聞こえる。「ははぁ~

あんな形のドレスだったんだ、」
M子はその声を背中で聞きながら、ほほが

緩んだ。しかし両手のこぶしはしっかりと握りしめられ、そしてエンディング

と共に、大きなガッツポーズになった。


            


 その時、どこからかリンクに大量のブーケを投げ入れられた。リンクに衝突

した花束は花びらを拡散させ、白いリンクはみるみる鮮やかな花園に変ってゆ

く。
M子は予想外の展開にびっくりして観客席を見渡したが、場は騒然とな

り、そして感動的なドレスの新作発表会はナレーターがデザイナー
M子の名

を呼んで収束した。


           


 その出来事からちょうど1年前と1か月前の10月、
M子は、マロニエの

通りの奥にある古いアパートの一室にいた。そこは夫と娘の3人家族が住む住

居兼オフィスで、築40年を超えるビルの窓枠は隙間風を送り込み、常にガタ

ガタと悲しげな音を鳴らす。
M子は足元のヒーターのスイッチを入れた。

そしてメガネを外すと、窓の外を眺めた。マロニエの木々はまだ半分以上が青

い葉をつけて悠然としている。


            


 今年はマロニエの落葉を見ずにお別れだと思うと、寂しくもあるが、しかし、うれ

しさのほうが遥かに勝っていた。


 20数年ファッション関連の会社に勤めながら、子供の頃の夢はとうに捨て

たものの、まだわずかでも自分にチャンスが残っているのなら、それに懸けたい

という思いは消えず、厳しいファッション業界で過ごしてきた20数年だった。


            


 服飾デザイナーという肩書とはいえ、組織の中では目立つパフォーマンスを

見せることは難しい。頭角を現せば、もぐらたたきさながらに案は却下される。

しかも、売れるデザインが出せなければ、下の者が上になり、SALE用の商品

だけをデザインする目立たない位置に安住することになる。それならと、自分

のデザインを立ち上げたくて、ひとり立ちするとなると、やはり実店舗が不可

欠になり、そこにはさらに難しい問題が立ちはだかる。


 しかし、幸運にも
M子は周囲の協力もあり、もうすぐ自分の小さくも3階

建てのオフィス兼ショップ兼住居が完成する運びとなった。そうと思うと、

すべてを忘れ、気持ちが高ぶった。


            


 「ピンポーン」ちょっと切れ切れな古びた音が、
M子のいる6畳のたたみの

部屋に響いた。「どうぞ」
M子は立ち上がると、設計士見習いのS子を招き

入れた。


            


 「いよいよ、です」
S子は案内された小さなテーブルにつくなり言った。

「ええ、うれしい、やっとね」
M子は明るく応じた。「先生、この屋上の件

ですが、」
S子は早速、切り出した。「何もなしでよろしいんですね?」

「ええ、結構です」「わかりました。そうおっしゃるなら、」
S子は物足りな

さそうに言葉を切った。


            


 「私、農家出身だから。昔を思い出して、屋上に野菜とかお花を植えようか

と思って。それなら一石二鳥でしょ?へへへ」
M子は照れ笑いをしてから続

けた。「でも、いよいよ、自分のオフィスとお店が持てると思うと、ほんとに

うれしいわ。小さなお店だけどいいスタッフも集まったし、頑張るしかない

わね」「そうですね。私も友人その他にみんな宣伝しますよ。私はやってない

んですが、
SNSで拡散させますから」「ありがとう。ほんと、何から何まで」


            


 「それに先生の服はかわいくて、私も大好きです。すぐに買いに行きます

からね」と言った後で、自分のラフな服装を見て、
S子はちょっと赤面した。

「こんな仕事をしていますと、ヘルメットかぶって、フレアスカートってわけ

にはいかなく、普段はこんなオヤジスタイルで、はずかしいのです。いや、

でも、そうだから、余計に憧れるんです。着てゆく場所も時間もなくても、

先生のドレスを自分のワードローブに加えたくて。クローゼットを開いては、

時々眺めていたいと思うんです。『その内、時間ができて、お金持ちになって、

クルーザーでパーティをする時がやって来るから』なあんて、まあそんな風に

思って、」


            


 「クルーザーでパーティ?その前に、まずは、ハロウィンパーティでもいい

んじゃないかしら? ああ、
Sさん、コーヒーいかが?」「はい。恐れ入りま

す」
S子はすぐ後ろのテーブルでコーヒーを淹れ始めた。狭い和室にコーヒー

の香ばしい香りが立ち始める。


            


 
S子はM子の背中に遠慮気味に言った。「私、そのハロウィンがどうも、」

M子は振り向いた。「わかりますよ」M子はコーヒーをマグカップのままS

に手渡すと、「でもね、バカ騒ぎもみんな現実逃避なのよね。厳しい社会にな

ってしまったし、人間でないものに職も夢も同時に奪われつつあるそんな世の

中になってきてるんだから、無意味でもバカ騒ぎでもしなくちゃ、ストレスを

発散する場所がないでしょう」
M子がコーヒーカップをテーブルに置くと、

香ばしい香りが狭い部屋全体に行きわたった。「なるほど、そう言われれば納

得ですね」
S子は熱いカップから一口コーヒーを口にふくむと、「ほう」と安

堵のため息をついた。


            


 「先生、私、初めてお目にかかった時から、ずっと疑問を持っていることが

ありまして」
S子はM子の顔を見た。「どんなこと?」「あの、まず、下町の

こんな場所で、あんなに素敵なドレスのお店を作りたいと思われたかというこ

となのです。ファッショナブルな街でもないし。すみません、単調直入で」

M子はコーヒーカップで手を温めるように持つと品よく笑った。


            


 「そうよね。当然の疑問だと思います。ひとつは、今は、現実だけに息苦し

く生きている人が多いような気がするの。でもその道をそのまま進んでも行き

詰まるだけなのよ。私は女性の夢のようなドレスを作り続けて、普段でも夢を

見て欲しいし、そうすれば、海外のディナークルーズまで行かなくても、普段

の日が特別な日になるのよ。ホテルのディナーだっておしゃれして行った方が

大事に扱われるしね。普段の日のそんなお金の使い方も私はして欲しいと思っ

てのことなの。それと本音はね、すべて起業家デザイナーはそうだと思うけど、

さもありなんな場所に構える資金はないのよ。でもみんなそこから出発だから」

「なるほど、現実と夢と。でも夢は現実で見るものですね、うんうん」
S子が

納得の表情でうなずくと、
M子は「実はね、もうひとつあって、子供の頃の夢

が、フィギアスケートの選手だったのよ。よくリンクに通ったわ。冬休みは毎

日のように。そこの一般のリンクの隣に、特別なレッスンを受けるクラブの子

供たち専用のリンクがあってね、それこそ、私が今デザインしてるようなドレ

スを着て練習をしていたのよ。うらやましくて。でも、私は観るだけ。そんな

クラブに入りたいって両親に言ったら、スケートクラブより、塾へ行けってね」

「ああ、それでやっとわかりました。先生が、この物件はお隣がスケート場

だから、決めたんですっておっしゃった理由が」
M子はにやっと笑うと、

ちょっと秘密めかした顔をした。


            


 「まだナイショなんだけど、実は、私の初の新作発表はスケートリンクでや

る予定なのよ」「えっ?スケートリンクで?」「ええ。私の服はスカート部分

と裾がポイントなの。蝶が羽をいっぱいに広げた時の、あの優美な美しさをイ

メージしているの。だから、立って歩くだけじゃ、デザインとディテールを最

高に美しく見せることができないのよ。それで新作発表はモデルさんじゃなく

て、アマチュアのスケーターの女子にやってもらうの。その子たちに私の服を

着させてね。観客とメディアは上の方の観客席から見ていただくことになって

いるのよ。その新作発表のために、この1年半、スケート場の関係者とかコー

チとかの人脈を作って来たようなものなの、実はね。もちろん、私の子供も通

わせてますけど。すべてが初めての試みだから、ドキドキよ。でも、経験はあ

るから、もちろん、成功させるつもりよ」


            


 
S子は黙って聞き入っていた。「先生、私もそんな突飛なと言いますか、サ

プライズみたいなものが大好きです。先生のお役には立てそうにはありません

が、ぜひ、見にだけ行かせてください」「もちろんよ。できたら招待状、お送

りするわ」

 それから間もなく
S 子は帰って行った。


            


 そして3週間後、
S子はM子の新作発表会の会場にいた。ショーがエンディ

ングに近づき、3人のスケーターのスカートは蝶の羽のように広がると、
S

は持参した新築祝いの花束を他のスタッフと一緒にどんどんリンクに投げ入れ

た。「先生、おめでとうございます!」
S子は叫んだが歓声にかき消された。


            


 
M子の新作発表は花束を投げ入れてくれたS子のサプライズで予想以上の成

功を収めることになった。「リンクの花園に開いた“遅咲き”の大輪の花々」と

業界のメディアには書かれはしたけれど、


 M子は「遅咲きで結構。私の服は最後に開く花だから」とレスポンスをした




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
    子供の頃によくスケート場に行っていました。
  スケーターの衣装はほんとうに毎回素敵です。
  技術ももちろんですが、衣装が描く曲線の流れに
  いつもうっとりします。

  
p.s. 2
    最近、よくお客様から言われる言葉が、
  「マダム・ワトソンて長いですよね、子供が生まれた時から来てて、
  でもう子供は20歳だし」とか、そんなうれしいお言葉です。
  さらに続けて、「でも、変わらず素敵ね!」と言われます。
  そんな時、喜び過ぎないようににしています。 
  その後で、「もちろん、木村さんも」と慌てて付け加えさせてしまうからです。


  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2018年11月号です。
           
           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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