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リサコラム
連載643回
      本日のオードブル

彼女たちの部屋

第3話

「イケメンが足りない」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



空と
海の境目も
わからなくなる
白砂のビーチの上に
ギリシャの神殿のような
柱を持つバルコニーを作って
黒白市松の大理石で
床を貼ります。
外と
中を
仕切るものは
ガラスの壁と扉だけ。
そこに白いベッドリネンが
眩いデイベッドを置いたら、
完璧なビーチリゾートの完成!
あれ?何か足りないって?
もうお分かりですか!
そんな~!


 







        

第3話 「イケメンが足りない」



 「これはどうでしょう?」「うん、すてき、ビーチリゾートって感じ出てる」

 二人は画面を覗きながら、同時にコーヒーをすすった。


            


 「ところで、これで何枚目?」編集者B子はC子の方を向かずに尋ねた。

「カウンターでは367枚目です」C子が言うと、B子は「そんなものなの?

もっとたくさん見たような気がするけど」と言った。「そうですね」C子が間

髪入れずに相槌を打ったあと、二人はまた黙った。


            


 築450年は軽いだろう雑居ビルの鉄製の重たそうな窓にはちらちらと白

い粒が当たっては消え、当たっては消えている。そして相変わらず、足元のファ

ンヒーターはうんうんと唸り声をあげて二人の女子の脚を温めてはいるが、

隙間風と断熱材の不足によるのか、寒さは外にいるように直に感じられる。



            


 「コーヒーのお代わり持ってきましょうか?」B子はC子の顔色をうかがう

ように言った。B子は両手を重ね合わせながら、「そうね、でも、ここ、寒い

ですね。なんかもっと温まるものがあったらうれしいな」と言った。C子はす

ぐに、「それじゃ、ココアにします?」と聞いた。「ほかには何が?」とB

は背中を丸めて、両手に息を吹きかけた。


            


 「わかりました。それじゃ、」C子はくるっと椅子を回して立ち上がると、

すぐ前のミニキッチンの食器棚を開けた。「これなんか、いかがですか?」

「それは、何?」編集者B子はC子の手の中にあるカップ麺のようなものに書

かれている文字に目を凝らした。

 「バンコクの空港で買ったトムヤムクンです。すっごく辛いけどあったまり

ますよ」「トムヤムクン、なるほど、いいかも、」「よかった。すぐに、お湯

を入れますから」


            


 B子はまたモニターの画像をじっと見た。「バンコクから飛べば、こんな青

い空と海だけの光景はいくらでも広がってるよね。安近短だし、身近だけど、

今更って感じもするけど、インパクトはあるよね、ね?」編集者B子はカップ

にお湯を入れるC子を振り返った。


            


 「ええ。私は今まで見た中では一番だと思います。BWB原理にも当てはま

っていますしね、」C子がトレーに載せたトムヤムクンをテーブルに持って来

ると、酸味と香辛料の香りが瞬く間に6畳ほどのオフィスに充満した。

「わざわざ、こんなむさくるしいところまで来ていただいたのに、こんなもの

しかなくて、」B子は手渡しされたトムヤムクンのカップを両手で持つと、

まずは自分の手を温めた。「いえいえ、十分よ。ありがとう。なんか、メール

だけのやり取りだと、気持ちが入らなくて」「わかります。仕事のための仕事

って感じになるんですよね。読者の心をわしづかみできるかどうかは、何と言っ

ても最後は表紙ですしね、」「そうね」編集者B子はおそるおそるスープをす

すった。


            


 「あちち、あ~、ほ~、わ~」B子は感嘆詞を立て続けに5つか6つ続け

た後で、「お、い、し、い~、あったまる」と言った。「よかったです」C

は安堵の表情を浮かべてから言った。「実は、わたし、自称トムヤムクン通で

して、トムヤムクンを見つけると絶対に買っちゃうんです。今はどこでも手に

入りますけど、このアマンプリ推薦っていうこれは、ほんと最高だと思います」


            


 「へ~、そうなの~」B子はカップを回転させてラベルを見たが、読める文

字は見当たらなかった。「まあ、現地の方がおいしいって言うんですから、きっ

とおいしいはずだと思って大量に買い込んで、スーツケースいっぱい詰め込ん

だら、成田の税関で開けるように言われて、はははは、」C子は、笑った。


            


 「確かに、トムヤンクンをそんなにたくさん詰め込んだら、不審がられるよ

ね」B子はフォークで透明な麺をすくってから、そっとすすった。


            


 「おいしいわ~」「そう褒めてもらうとうれしいです」C子は自分のカップ

からも麺をすくって豪快に食べた。「おう、すごい!そんな感じで食べるもの

なの、トムヤンクンって、先生?」B子はびっくりして、C子の食べっぷりを

じっと見た。「まあ、むこうではお味噌汁みたいなものですから、」「ふ~ん

そうなんだ」B子はまた、リゾートの画面に目を移した。


 「それで、さっき言われてた、BWB原理って、何?私聞いたことがないん

だけど」C子は最後のスープを飲み干すと、「ああ、あれですね、」と言って

から、「まずは炭酸水持ってきます」と言うと、C子は細長い瓶と細長いグラ

ス2つを持ってきた。


            


 「BWB原理というのは、私たちみたいな画像処理の現場が使う用語で、

ブルー、ホワイト、ベッドです。つまり空、海のブルー、シーツのホワイト、

ベッド。これがリゾートを表すキーワードなのです。これがないと、まずは

読者にはリゾートホテルぽいとは認識されないのです。たとえ、森の中のロッ

ジであっても、ちらっとでも空が見えていないと、外界との一体感が感じら

れなくて、モデルみたいに見えてしまって、リゾートの実感が伝わってこない

んですよね」「たしかに、それは言えるわね。BWB原理、覚えておくわ」

B子はそう言いながらもC子の膝の上のトレーのボトルが気になっていた。


            


 「お口直しの炭酸です」C子は紙ナプキンをキャップの上おいて、栓を抜く

と、スリムなグラスに液体を注いだ。


 「どうぞ!」C子はB子にグラスを手渡した。「ああ、ありがとう」しかし

C子はB子が口をつける前に、「実は、炭酸は炭酸でも、シャンパンです」と

すかさず言った。「えっ?シャンパン?」「ええ、トムヤンクンの後にはシャ

ンパンがいちばん合いますから」B子は驚いてC子の顔を覗くと、C子は笑み

を浮かべて乾杯のしぐさをしていた。


            


 「わ~、そう来るとは、」B子は目を見開いた。「だって、明日はお休みで

すよね。それに今日は直帰でしょ?もう、こんな時間ですし、」二人はグラス

を重ねると、ゆっくり甘美な泡を舌の上で転がした。


 「う~ん、最高!」B子が唸った。「とっておきなんです。でも、ご遠慮な

く」C子はB子の表情を窺った。B子はグラスを傾けたままで軽く目を閉じて

いた。それから独り言を言い始めた。


            


 「やっと来たわ、プーケットの秘境のリゾートに。紺碧の海とつながった空、

空につながった大理石のバルコニー、すごい!広い!白い柱、まるで、神殿

みたい!今、私はデイベッドの上に、スーツケースを開ける間もなく、そう、

ごろんと寝転がって、空を仰ぐ。目を閉じると、両手に触れるものは、つやや

かなシーツの感触。風の音、小鳥のさえずり、そして、まどろみ、まどろむ。

まぶたの裏には青い海と白砂のプライベートビーチ、そして、どこからともな

くジャスミンの香り、風に乗ってやって、う~ん、きたきた、そうそう、その

感じ、もうどんなに思い浮かべようとしても、あの嫌な上司の顔も、いじわる

な同僚の表情も浮かばない!そして、大理石の上にコツコツと軽やかな足音が

近づいてくる。ああ、ウェルカムシャンパンが、静かにやって来る。なんとも

絶妙のタイミングで、」編集者B子は陶酔の表情でそっとグラスをC子に差し

出した。


            


 「でも、ひとつ、あれが足りない、」C子は淡いゴールドの泡を注ぎ足し

ながら、「何ですか?チーズか、フルーツでも、お持ちしましょうか?」と

言った。「いいえ、IMTよ」とB子は言った。C子はすぐに検索を始めた。


            


 「IMT?Intima Media Thickness、ええと頸動脈の内膜中膜複合体厚?

な、わけないですよね?」


 目を閉じたままのB子はシャンパンを一口、口に含んでから言った。

Ike-Men-ga-Tarinai, つまりIMT」

            


 「ああ、イケメンのバトラーってことですか?なるほどIMTやりますね~

それじゃ、ついでですが、BMT原理もさっき私が作った言葉です」


 「知っているわ」B子がくすっと笑うと、「そうでしたか?わかりました。

IMTですね、そんなの簡単です」とC子は言うと、瞬く間にリゾートの画像

にイケメンバトラーの後ろ姿を登場さてから、

「コンコン、リゾートをおひとつお持ちいたしました」と言った。


 B子は「IMTイケメンが足りたわ。これで決まりね」と言うと、二人は

また乾杯した。




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
    イケメン、イケメン女子かどうかの判断には個人差があります。

p.s. 2  

    リゾートをお部屋に作り出すのは、実は、
    iPadで絵を描くより簡単です。


  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2019年1月号です。
           
           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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