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リサコラム
連載695回
      本日のオードブル

ホテル・センチメンタル
part.2

第1話

「街角で迷って」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




進入禁止の
標識から先は
自由に闊歩できる
素敵な街並へと、
凸凹にへこんだ古い
石畳の狭い通りには
昔ながらのお店が
軒を連ねます。
さてと
これから
どんな物語が
展開するのか
固唾をのんで
そしてまずはじっくりと。





 







        

 第1話 「街角で迷って」





  「私はあたりを見渡しながら、石畳の道をずんずん歩いた。


            


 そしてようやく、人の匂いのする道筋を見つけた。が、それは石釜の中で

ピザがこんがり焼き目をつけつつある匂いでも、クロワッサンがオーブンから

出されて、われ先にと店員さんに注文を入れる活気に満ちた食べ物と人間の息

遣いでもなかった。だから当然、白身魚の皮がニンニクのエキスを閉じ込めた

オリーブオイルの中で小麦色に弾ける匂いでもなかった。さらに私の期待をや

すやすと裏切ったのは、デモ行進にでも行った後のように、通りからはみ出し

て冷たい風にあおられている白いテーブルクロスと椅子だけだった。


            


 私は前後左右、そしてまた前後左右ときょろきょろしながら、あたりの様子

を伺いながら石畳の道を歩いた。しかし、ブラッスリーもパン屋も、本屋も、

雑貨も八百屋も、私が好む店はすべてドアを固く閉ざし、中に人のいる気配

もない。だから微かな自分の足音の他には、何も聞こえてこない。


            


 不気味な静けさの中で、この街は人さらいが全部、人間をどこかに連れ去っ

たのではないかとさえ思った。せめて、パン屋くらい開いていてもよさそう

なのに。私はぐうぐうなるおなかを抱えたままで、次の路地を曲がってみた。


            



 しかし、そこは先ほどにも増して人の気配は感じられなかった。雑貨店、

クリーニング店、そして、銀行までもすべて店を閉ざして静まり返っている。

私は踵を返してまたさっきのブラッスリーとパン屋のある通りに戻って見た。

もしかしたら、レストランがディナーの準備を始めたかもしれない。どんな

料理でもいい。冷たい前菜だけでも、テイクアウトの料理でも。いや、バター

付きのパンだけでもいい。とにかく空腹を満たせる食べ物にありつけるなら、

この際、文句は言わない。それにどうせ孤独の身の上だから、一緒にテーブル

を囲む人なんていなくていい。そんなことをつれづれ空想しながら私はブラッ

スリーのドアが開くのをドアの脇に立ってじっと待った。


            


 どのくらい待っただろうか、私は空腹のため、ほとんど失神しかけていた

その時、いきなり横っ腹をけられ、地面にたたきつけられた。私の目はぐるり

と回り、天と地が入れ替わった。そのまましばらく立ち上がることさえでき

なかった。


            


 冷たい石畳の上で長くなったままで私は思った。こんな見ず知らずの旅行者

のために救急車なんて呼んでくれる親切な人がいるわけはなかろう。


            


 その時、私の耳に女性の声が聞こえてきた。「ごめんなさい。ほんとに、

ほんとにごめんなさい」その人は私をそっと抱き上げると、背中でぐるっと

回転扉を押すと私を中に運び入れた。そして、コトコトと足音をたてて小走り

に薄暗い中を奥に向かって走った。私は目をつぶったままでその女性に身を

ゆだねた。


            


 部屋の中は温かかった。それから私はふかふかの毛足の長い何かの上にそっ

と寝かせられた。そして女性は私の額に手を置くと「ちょっと待っててね。

すぐ戻ってくるから」と言った。きっと彼女はにっこり微笑んでいただろう。

私は気を失った風を装っていたからわからなかったが、その後、そっと薄目を

開けて彼女を見た。30代前半だろうか、ブロンドの髪の毛が耳のすぐ下で短

めにカットされている。その時、私の背中の方でパチパチと何かがはぜる音

がした。木の葉の燃えるような匂いもする。私は暖炉のそばのソファの上に寝

かせられていたようだ。


            


 そして間もなく、さっきの女性が、トレイを持って戻って来た。「さあ、

お飲みなさい。ちょっとだけ温めてきたから。ミルクよ」私はまだ目をぱちぱ

ちさせて、具合の悪さを演出していた。たかだかミルクごときで私の受けた

ダメージは取り戻せそうにはなかったし、そうすることでおいしい料理がでて

きそうな気がしたからだ。例えば、ヒラメのムニエル白ワインとレモンバター

ソース、あるいは、シャンピニョンソース、または、ゴルゴンゾーラソースで

もいい。付け合わせはアスパラとインゲンマメ、そして、じゃがいものフリッ

トがあればなおいい。さらにクロワッサンとフィセルさえあれば、今のところ

文句はない。しかし、女性は私がミルクを飲み終わるのを見届けただけで、

次の料理を運んでくる気配は全くない。それどころか、「さあ、お休みしま

しょ。これも何かのご縁よね、」と言うとまた、私を抱きかかえた。


            


 それから角をいくつか曲がって階段をゆっくり上り始めた。私の部屋は屋根

裏の薄暗い部屋に決まったようだった。それでも人気のない通りで露頭に迷っ

ているよりは遥かにましだと思うしかない。


            


 まあ、こんなようなことで私は、このホテルの看板猫となって、今では

ハッシュタグ付きで呼ばれるようになったのだから、それも運命だと思う

しかない。




  


 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1
    吾輩は猫のパリバージョン?
    どんな物語になるのか、ご期待くださいませ。
    今週から水曜日の連載に変更させていただきます。
    次回は1月29日(水)です。


p.s. 2  インスタグラム始めました。
    私の日常、今週はパリシリーズです。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年1月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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