MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載700回
      本日のオードブル

ホテル・センチメンタル
part.2

第6話

「失われたマドレーヌを
探して」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。





コンシエル
ジュデスクの
後ろのコーナーは
ソファスペースになっています。
ホテルゲストの方のお待ち合わせ
スペースとしてだけでなく、
旅先で道に迷ったり
困ったときに
ホテルのゲスト
に限らず
お助け
できる
ようにです
このやり方は
リッツ・カールトンさんの
専売特許ではありませんことよ!


 







        

 第6話 「失われたマドレーヌを探して」





  「あのフランス人の有名な本を探しているんだが?」不意に体格のいいア

メリカ人風の男性がコンシエルジュデスクのサムに声をかけた。


            


 私は、コンシエルジュカウンターの脇デスクで、行儀よく腰を下ろしていた

が、すぐに『かしこまりました。なになりと』と猫語で答えた。しかし、コンシ

エルジュのサムは、フランス語も流ちょうにはしゃべるが、イギリス人だし、

もちろん「あのフランス人の有名な本」だけでほんのタイトルが当てられるよ

うな占い師でもないが、「あのフランス人の有名な本とおっしゃいますと?」

サムは疑問符で一杯になった表情で彼の質問に質問で答えた。


            


 「おいおい、コンシエルジュだろう!質問に質問で答えるのは失礼ではな

いか!」私はそう言ったがもちろん、彼にはもちろん通じない。私だって、

同僚として非難めいたことは言いたくないが、コンシエルジュたるもの、ま

ずは、「ご本をお探しですね。書店に尋ねてみますので、著者名はお分かりで

はございませんか?」などと尋ねるべきではないのか?私は胸のうちで不満を

述べた。彼はサムに、「あれだよ、あの有名な」と言ったところで、天井のシ

ャンデリアを見上げると腕組をした。コンシエルジュのサムはその男性の突き

出たおなかのあたりをじっと見た。


            


 「ライブラリーのスタッフに問い合わせてみますが、」とサムが言いかけた

ところで、「あの、ほら、あれだよ」と男性は少しいらだちを表しながら足踏

みを始めた。足踏みを始めると次は腕組みを解いて、大きくジェスチャーを交

え、「え~と、あの、その~、ほら、わかるだろう、フランスと言えば、あの

大作家の、」とますます、彼は行き詰まった感じで言葉に詰まり始めた。


「よろしければ、こちらにお掛けいただき、ライブラリーのリストをご覧いた

だけければ」とサムは丁重に、男性をソファの方に案内したが、男性は、

「いや、結構」と大理石の床をかかとでコンコンと打ち鳴らしながら、自分の

中の記憶の扉を一つ一つ、ノックして回っているように見えた。


            


 「悔しいな~!コンシエルジュもわからないのか!」男性はついにイライラ

の糸が切れ始めた。「あれだよ、あの大作家の、このホテルにはそんな本は置

いてないのか?」彼はぶつぶつ言いながら、直径1.5mくらいの楕円上の軌

道を回り始めた。


            


 私は頭の中で候補を3つ挙げた。「外国人がフランスの大作家と言った時に

は間違いなく、革命以降だから、ヴィクトル・ユーゴ―か、スタンダール、

しかし、観光客がパリに来て読みたくなるとしたら、近代の作家で、アルベー

ル・カミュか、フランソワーズ・サガン、それともサンテグ・ジュペリかもし

れない。『悲しみよこんにちは』や『異邦人』や『星の王子さま』というタイ

トルなら、英語圏の観光客はわりに簡単に思い出せるのだが、そうではないと

いうことだな?」私は心の中でそう呟きながら彼をじっと観察し続けた。彼は

さらに、楕円軌道を大きくしたり、小さくしたりしながら、さらなる焦燥感を

募らせた。ちょうどチェックインが始まる午後3時を過ぎたあたりで、フロン

トはチェックインのゲストで忙しくなり始めていた。彼は仕方なく、サムの案

内に従ってソファの方に移動すると、腰かけて、カチカチと神経質に楕円の木

のテーブルをたたき始めた。それでは足りないようで、足も踏み鳴らしなが

ら、彼の記憶装置をフル稼働させているようだった。しかし、なかなかその

お目当てのドアを見つけることができないようで、ソファの背に体をもたせ掛

けたり、あるいはテーブルに肘をついて、頭を抱えたりしながら、記憶のその

ドアが開くときを待ち続けた。その間コンシェルジデスクにはまたひっきり

なしに電話や、来客があり、サムはその対応に追われて、すっかりソファ席の

男性のことは意識になくなっていた。


             


 私は彼が不憫になって、とうとう持ち場から離れて、彼の足元にやって来る

と、人の記憶を引き出すテクニカルサウンドを使った声を発した。しかし、残

念ながら、彼はそのテクニックには反応しないどころか、私の存在にすら気づ

かないようだった。つまり、その小説には猫が出ては来ないのだということだ

けはわかった。「なるほど、」私は小さく唸った。そして、私の中ではほぼ、

彼の探したい本の見当がついた。


            


 「あの、ここでは何か、お茶はいただけないのか?」男性は体に似つかわし

くない小声で申し訳なさそうに言ったが、サムには届かなった。「オールディ

ダイニングはないのか?」彼は言い換えた。英語圏の彼は、オールディダイニ

ングと言ったが、英語圏のサムはすぐにそれには反応して、後ろのソファコー

ナーの方を振り向くと、腕時計を見て、「ブラッサリーでなら、5時まではア

フタヌンティタイムとなっております」と言った。男性は「そうか、」と腕組

みをしてままで、残念そうに言った。その表情はすでに昨晩一睡もできず疲れ

切った人の表情に見えた。


            


 私は猫語で彼にエールを送った。「ほら、もう一歩ですよ。きっとブラッサ

リーに行けば、そこのスタッフが教えてくれるますでしょう。品のいい方法で

ね」しかし、彼は私に一瞥をくれただけで、取り合おうとさえしなかった。

さらに、サムは別のゲストの対応で、また彼のことは忘れかけていた。


            


 かれこれ、30分は経っただろうか。彼は諦めたような表情で席を立つと、

「それじゃ、アフタヌンティにでも行って頭を冷やすか、いや、温めるだな」

と変なジョークを飛ばした。すると、ベレー帽をかぶった60代くらいの品の

いいアメリカ人風の女性がカウンターでチェックインをしながら、「アフタヌ

ンティがございますの?」と振り向きざまにコンシエルジュのサムに尋ねた。


 「はい、マダム。紅茶とお菓子のセットがございます」「あら、そう。マド

レーヌもあるかしら?あのお小さの、」とサムに向かって言った。


            


 そのとたん、体格のいい彼はいきなりロングジャンプの選手のようにソファ

から飛びあがるとマダムの元に駆け寄り、「それ、それです!」と叫んだため、

ロビーにいた10人ほどの男女は一斉に彼に注目を注いだ。


            


 「それですよ。私がさっきから言いたかったのは!」と言うと、そのアメリ

カ人のマダムに向かって、「それ、その本、タイトルはおわかりですか?」と

唐突に尋ねた。彼女は、「もちろん、知ってますわよ。『失われたマドレーヌ

を求めて』でしょ?」と彼女は飄々とした表情で答えた。


            


 「そうか、そうか、ありがとう、マダム。すっきりしました」と言いながら

マダムに握手を求めた。「いいえ、どういたしまして」マダムはそう言うと、

にぎった手をすぐに引っ込めて、「それでは、ごきげんよう」というようなこ

とを英語で言って、立ち去った。


            


 サムは、「勉強不足で失礼をいたしました。私こそ、すぐに思い出すべきで

したが、私もこちらの人間ではございませんで、と言い訳をしながら、すぐに

この近くの書店をお教えいたしましょうと言うとドアマンのところに行き、

「『失われた記憶を求めて』をお探してのようだから、角の書店を案内して

くれ。あそこならきっと置いてあるだろう」と耳打ちした。中国からの移民の

ベルボーイは、「ハイ。でも、サム、『失われた思い出を求めて』ではなく、

『失われた記憶を探して』ですよね?とサムにしたり顔で答えた。


            


「そうかな?まま、そんなところだろう。とにかく、彼に角の書店への道順を

案内してくれ」と言った。


 私は深いため息をついた。それはアメリカ人の彼がやっとお目当ての本を見

つけられるからではなく、みんなそれぞれ、不確かな記憶でしかタイトルを言

えないところなのだ。「その本のタイトルは『失われたマドレーヌを探して』

ですよ」私は彼がまた書店で、同じ状況に陥らないことを願いながら猫語で彼

に伝えたあとで、急にマドレーヌを食べたくなり、私は舌なめずりした。


            


 「いや、なんかちょっと違ったかな?」私はちらっとそう思ったが、

「まあ、そんなところだろう。人生なんて、全部思い出せないくらいがちょう

どいいからね」とつぶやいてから、持ち場で大あくびをした。「今日はなんと

暇な日だろうか!




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  ご存じのように、さらに正確には「失われた時を求めて」
    マルセル・プルーストの大作ですね。
    私は読破に至ってはいません。

    リサコラムも今回で700回になりました。
    別にイベントではございませんが、ご愛読に感謝を込めて
    7名さまに今回のイラストに私の拙いサインして、
    はがきサイズの額に入れて(きっと額の方が価値があり)
    お送りいたします。
    お名前、ご連絡先をメールにてお送り頂ければ幸いです。
    締め切りは次回号の3月4日までとさせていただきます。
    
    メールアドレス:mmm@madame-watson.comまで。

    次回は3月4日(水)です。


p.s. 2  インスタグラム始めました。
    私の日常、今週はパリシリーズです。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年2月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.