「陽射しが木立に間に木陰を作るようになった初夏、私は２時間かけて

汗だくで木の間にハンモックを吊るした。するとペットボトルと本を持っ

て、真っ先に妻はそのハンモックという水の中に飛び込むよかのように

ドボンと横になった。


　　　　　　　　　　　　　


　ハンモックは私が庭で真っ先にやりたかった大工仕事で、これでゆっく

り邪魔されることなく、本が読めると思った途端の出来事だったが、仕方

なく私は家の中に入ってバスルームで汗を流しに行った。戻って来ると、

妻はハンモックに揺られ、すやすやと寝息を立てていた。


　　　　　　　　　　


　南フランスからパリに出てきてからというもの、何事もスムーズにい

かなかったこの数か月、脱力した猫のようにだらしなく寝そべった姿を

見ながら私はなんとなく、ほっとした。これで一時休戦としよう。


　　　　　　　　　　　　


　物事がうまく運ばない理由はもちろん、２人の考え方とその主張の

違いだろう。元々、趣味趣向の違いは地球を逆回転させるくらいに大きい

から、原因はいくらでも同時多発的に発生し得るのだ。それに輪をかけ

て、パリの喧騒や慣れない人々との人間関係も私たちの神経をすり減ら

していた。近所のパン屋、スーパー、市場で会話を交わすうち、「どこの

ご出身ですか？」と聞かれる。どんなにパリジャン風を気取ってもどこ

かあか抜けないところがあるのか、それとも、今は正式な言葉をしゃべ

る人は少ないとはいえ、プロヴァンサルという、微かなオクシタン語の

なまりを人々は敏感に聞き取るのかもしれない。その疎外感もストレス

になった。


　　　　　　　　　　　　


　そしてパリの街中に行けば、いたるところに散在するゴミ、路地を

歩けば、ネズミの死骸を見ない日はない。これが世界に誇る花の街、

パリであっていいのか、と片田舎の人間がいきなりパリに住処を移すと

なると、汚い部分が嫌でも目につく。そんなカルチャーショックによる

ストレスも私たち二人のいらだちが喧嘩に発展するのを助長したよう

だ。いや、正確に言えば、私たちではなく、妻のひとり喧嘩なのだ。


　　　　　　　　　　　　


　その妻と私の大いなる違いが、社交性に関する部分だと言える。妻は

暇さえあれば、多くの友人と交わりたい方で、朝から晩までパーティを

することさえできる。そこで彼女は何でもしゃべる。一方、私は全く閉ざ

された世界に孤独に生きる人間だといえる。常に内面の自分自身と対話

を続けてきた。そして自分の希望する方向に物事が向かない時は、いつも

哲学に解を求めた。中でも私は習慣ということに常に最大の注意を払っ

てきた。


　　　　　　　　　　　　


　後世の多くの著名人も応用したウイリアム・ジェームスの言葉

『心が変れば行動が変る、行動が変れば習慣が変る。習慣が変れば人格

が変わる。人格が変れば運命が変わる。』を私は座右の銘のように生きて

きたのだから。だから、朝起きてから眠るまでの間、すべてを時間通りに

行うことを信条にしてきた私はいつも、この習慣を妨害する相手に頭を抱

えてきた。しかし、同時に、アドラー哲学を信じてきた私は自分自身が怒

ることをよしとしなかったのだ。なぜならば、『怒るとは、相手を支配す

るために、怒りという感情を創り出してそれを利用しているだけなのだ』

とする彼の言葉もまた真なりと信じてきたからだ。事実、アドラーに言わ

れる以前に相手を支配するために怒りという感情を使うことは紳士的では

ないと思ってきた。だから私は一度も怒りを発出したことはない。


　　　　　　　　　　　　


　しかし、私以上に私を知る相手はそれを逆手に取り、私に罵詈雑言を浴

びせかけること、数知れず、その度に私は沈黙という抗議を表すことに

なる。その行動はかえって相手の怒りの炎に油を注ぐようで、相手はさら

に激高し、挙句の果てはあっけらかんとして私を笑い飛ばすのだった。

その相手とは私の妻にほかならない。


　　　　　　　　　　　　


　それから彼女は私の誤りを先生が出来の悪い生徒に諭すように滔々と述

べる。こうして争いが始まると私はウイリアム・ジェームスの習慣の哲学

からアドラー哲学に転身するのだ。


　　　　　　　　　　　　


　しかし、日々の生活の中でのそんな私の苦悩にまったく意識を向ける

ことなく、私の妻は友人たちとお菓子とお茶で語らい、チーズにタルトに

ワインを肴に私の習慣を奇癖として笑い飛ばすことを楽しんできたようだ。


　　　　　　　　　　　　


　あるとき、私がいつもより１０分だけ早く帰宅すると、キッチンで友

人に私のことを話しているのを耳にした。妻は友人に、「彼はね、目覚ま

し時計がベルを鳴らす寸前に起きてベルを止めることをすごいことだと思

ってるのよ。おかしいでしょ、ははは。それにね、毎日、決まった現金を

使うのが信条らしくて、１日の最後にスーパーで買い物をするときはもの

すごく時間がかかるのよ。だって、財布の現金とかごの中の物の値段が合

致しなくちゃならないでしょ？」そう言いながら二人で大笑いしていたの

だ。さらに妻はこう付け加えた。「あと１０分後に帰ってくるわよ、７時

４５分が彼の帰宅時間だから。それより前にも後にも帰って来たことがな

いから」と今度は誇らしげにからからと笑った。私はよほどその時、ただ

いまと、キッチンのドアを開けようかと思ったか知れない。しかし、私は

ぐっと自分を押しとどめた。ままいい、嘲笑の対象になっていれば、人は

みな、おおらかでひとのいい人間だと思うのだから。だから私はまだ誰も

言っていない哲学をひとつ知っている。


　　　　　　　　　　　　


　それは、世間では家の中のものが壊れたり、離婚騒動に発展したり

しない人々のことをおしどり夫婦と呼ぶ。幸か不幸か、私たち夫婦もそ

う呼ばれてきた。そしておそらく多くのおしどり夫婦と呼ばれているカ

ップルの男性は私のように、ウイリアム・ジェームスとアドラーを使い

分けているに違いないということだ。

　　




　上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　＊リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.１
　
　ウイリアム・ジェームスの習慣に関する名言は
　松下幸之助がちょっと変更しいいますから
　松下幸之助の名言と思っている人も多いと思います。
　しかし、ウイリアム 自信は習慣がつくれなかった人
　だったとか。反面教師だったようです。

p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２１年６月号です。


　　　　　　　　　　　


p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　


　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　 　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　



　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。