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リサコラム
連載783回
      本日のオードブル

パリのアパルトマンの絵

第20話

「不良老人の朝」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




優雅なホテルの部屋で頂く朝食は
何よりの楽しみのひとつ。
コーヒーにクロワッサン
しぼりたてジュースに
色鮮やかなジャムの
小瓶とシリアル
白いテーブル
クロス一杯に
並べられたら
さらなるごちそうは
窓の外にあるようですが…さて?



 







        

 第20話 「不良老人の朝」



  

 「タクシードライバーは知る人ぞ知る穴場ホテルに案内すると言っ

た。それは家族経営のプチホテルだったが、廊下は絨毯は足が埋もれる

ようにふかふかで部屋は真新しく、広さもまあまあだった。


            


 
ピーコックブルーの壁の中央に大きなベッドが陣取り、ボルドー色の

ゴブラン織りのカーテンが小さな白い窓枠の左右にエレガントなドレー

プを作っていた。クラシカルなパリを体感しに来た特に女性の観光客には

まさに受けそうなインテリアだと私は思った。これがパリのプチホテルの

典型かもしれないが、しかし、どこがそれほどまでに一押しの穴場ホテル

なのか?私は悪い予感を感じて恐る恐るカーテンを開いた。


             


 
「やはり、こう来たか!」私は昨晩のドライバーのちょっと薄気味の

悪いくらいの自信に満ちた笑みを思い出しながら、じっと窓の外の

「それ」を眺めた。


            


 それは、裾広がりのスカートを履き、全身ライトを浴びたコメディア

ンのようでもあった。ライトアップされた姿は見世物には確かにふさわ

しいし、傲慢なパリの象徴でもあり、パリジャン、パリジェンヌの誇り

でもあるとまで言われるだけのことはある。しかし、130年前の建築

当初は、多くの文人までが忌まわしい代物とまで呼んだモニュメントだ

った。ことにモーパッサンなどはその塔の1階のレストランによく通っ

たと言う。それはパリのどこからでも見える塔を見ないで済む場所がま

さにそこだったという意味で、それほどの痛烈な皮肉が込められていた。


              


 しかし、今のパリからこれがなくなれば、おそらく観光客は激減し、

タクシードライバーの大半は失業し、経済は破綻に追い込まれるかもし

れない。すると影響はヨーロッパの諸外国にも及んで、世界恐慌に陥るこ

とさえ考えられなくはない。そうなるとヨーロッパもアメリカも他の発展

途上国の面倒まで見切れず、そしてさらなる難民問題は深刻化する

いや、その前にきっと世論はすぐに同じものを作れと言うだろう。なくて

は困る人々やエッフェル塔に執着を持つ人々から確かに多額の寄付は集

まるかもしれない。しかし、作り直したぴかぴかのものがまた同じ価値を

持って受け入れられるだろうか?つまり、たった一つの電波塔が世界全体

を揺るがしかねないということだ。だから、経済学者がどんなに科学的

見地から未来予測をしても、目の前でこの塔が爆破でもされれば、世界

は一気に変るのだ。私は塔を眺めながらパリという街の危うさを感じた。


           


 貴族階級が作り上げた老朽化した数々の城、世界文化遺産の建物だっ

てあと100年持つものなのか、私が子供の頃から過ごした南フランス

の片田舎の風景は大して変わらないだろうが、19世紀末に誕生した

花の都パリは22世紀まで今のまま現役でいられるのだろうか?存続し

ていたとしても、文明都市は数百年単位で滅びゆくと歴史は教えてくれ

ているのだから、30世紀ごろには遺跡になって、アテネ、ローマの

ように「古代」を頭につけられ、古代パリなどと呼ばれているのかも

しれない。


            


 
しかし、私はきらめく塔を見ながらさらに思った。私のように要らぬ

心配ばかりする杞憂人とはまるで対局にいる妻は未来のことなど知らぬ

存ぜぬで、きっと今晩も友人の誰かとオペラにコンサートにとパリジェ

ンヌの特権を大いに行使しているだろう。彼女にとって、パリはさまざ

ま享楽を味わい、しゃぶりつくす街であり、大雨の下でさえ傘なしで陽

気に唄える場所なのだから。妻と比べると私はずいぶん損な性格の人間

に違いない。


            


 
「まあ、いいさ。私はそんなこんなもかなぐり捨てて、不良老人にな

ったのだから」私は声に出してそう言っては見たが、まだ家出して2日

しか経っていない。妻からは一度、メッセージが来ただけで、その後は

音沙汰なしだ。それなのに、こちらから連絡を取りたくもなかったから

ルームサービスで軽いメニュー一皿と白ワインを取ると、シャワーを浴

び、早々に寝ることにした。


            


 私はパリに引っ越して来てからなかなか眠りにつけない日々が続いて

いた。それは私の体格に対してあまりに小さなベッドに小さな部屋だと

いう理由も十分に考えられるが、朝から晩まで甲高いクラクションの音、

救急車のサイレンが鳴り響き、時にはデモ行進の叫び声も加わるパリの喧

騒にどうしても慣れないということもあった。パリへの移住を私が望んだ

わけではないから余計にその騒音は私の睡眠を妨げ、そして焦燥感をあお

る。


            


 しかし、このプチホテルの部屋のベッドは私のベッドの2倍の広さが

あり、4階のためか、騒音もほとんど気にならなかった。私はそっとシー

ツをめくり、ベッドの中に入った。その瞬間、やわらかいゼリーの中にで

も入ったように体ごと包み込まれた。


 
私は夜の海に浮遊するクラゲのように、両手両足を触覚にしてなめら

かなシーツの感触を味わいつつ、次第に深海に潜り込むように深い眠りの

底に落ちて行った。


           


 
目が覚めた時には、すでにカーテンの間から細い白い光が差し込んで

きた。私はすぐにはカーテンを開けず、まずは朝食のルームサービス

を注文した。


            


 
20分後ドアがノックされた。白い制服のギャルソンはテーブルを窓

際まで運び込むと、「窓をお開けしましょうか?」と言った。私は

「ああ、そうだね」と言って先にチップを渡すと、「シャワーを浴びて

くるから、適当にやっておいてくれ」と言って、バスルームに入った。

そして泡だらけになってしばらくじっとシャワーを浴びた後、頭から

大きなタオルをかぶり、バスローブのまま出てくると、すでにスタッフ

はテーブルの準備を終えて帰っていた。


            


 
私は光の差し込む方を見た。そこには白い窓枠の空いた空間はまり込

むかのように、青白い灰色に光る塔がペールオレンジ、ライトグレー、

サックスの絵具で芸術的配合した背景の前に凛と立っていた。


            


 そしてその前にはコーヒーの香りに混じってバターの香りをふんだ

んに発しているかごいっぱいのクロワッサンやブール、色鮮やかなフル

ーツ、滓が浮いたしぼりたてのオレンジジュース、それにデザートのフ

レンチトーストまでが白いクロスを埋め尽くしていた。


 
「なるほど、こういうことか。これで世界中の人間を磁石のように

引き寄せているんだな」不良老人の2日目の朝はこうして始まった




   


上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 ホテルの朝食、最高ですね。
眺めのいい部屋ならバルコニーでなんて。
毎日は無理だから、やっぱり自宅で続きをやらなくちゃ。



p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年10月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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