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リサコラム
連載796回
      本日のオードブル

マダム・シック

第2話

「来訪者」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



開かれた
白い格子窓から
朝のパリの街並が
美しく広がります。
あらドアベルが鳴った
ようですが、一体だれが
やって来たの
でしょう?
じっくり
観察
してみましょうかね?

 


 第2話 「来訪者」



 石造りの建物の間を冷たい風が通り抜ける2月末、ひとりの女性が

大きなスーツケースを引きずりながらオスマニアン様式の築120年

のアパルトマンの前で足を止めた。ナイロンのダウンジャケットにヴィ

ンテージデニム。楽器のハープのように繊維だけを残したほころびから

冷たい風はす~す~と侵入しては来るが、それは彼女の我慢強さと

ファッションに対するステイタスを表していた。


            


 彼女はスマホに書かれた住所と建物の金のプレートに記された番地

を確認すると、暗証番号の数字を押した。その手には指先が切れたラ

メ入りのショッキングピンクの手袋が煌めきを放ち、首と顔にはロン

グマフラーがぐるぐると巻かれ、右手にはトートバッグ、左手には彼

女のウエストほどまである大きなスーツケース、左肩にはリユック

と、斜め掛けのショルダーバッグが掛けられていた。


           


 
ドアはカチリと音を立ててロックを解除した。彼女はドアの向こう

がエレベーターホールだと思ったが、なぜか外にいた。


 
「あれ?なにこれ?」彼女は周りを見渡したが、尋ねられる人はい

ない。仕方なく、その先の中庭のような明るい方に向かって歩き出し

た。さらにエレベーターホールを探して、中庭をぐるぐると歩き始め

たが、残念なことに非常階段しか見当たらない。「あ~困ったな~、

エレベーターはないの?階段しかないってこと?ありえない。ここは

パリでしょ?階段上るの?もしかして?」仕方なく彼女は真ん中が

異常なほどすり減った階段の1段目に足を掛けて、上の階を下から

覗きこんだ。そして、大きなため息をつくと、ずしりと重いスーツ

ケースを持ち上げるとなんとか、1階と2階の踊り場まで登った。

そこで、一息ついてから、2階まで登ると、彼女は3mもあるぐる

ぐる巻きのマフラーを外した。


            


 それから彼女はまたよろよろとスーツケースを引っ張り上げながら

やっと2階まで登った。そしてスマホで部屋番号を確認した。

「411って、4階ってことか、まだあと、3階上だ~」彼女は重い

スーツケースがもうすでに恨めしくなっていた。さらにかかとを完全

に履きつぶしたスニーカーは階段では歩きづらく、ブーツを履いてく

るべきだったと後悔した。そして、またやっと1階分上に上がったと

き、彼女の呼吸はゼイゼイと荒くなった。


            


 
「運動不足、わかってますけどね、だいだい、エレベーターがない

なんて、この21世紀にありえなくない?!フランスって、G7加盟国

じゃないの?先進国のはずよね、一応は?」彼女はあたたかなカリフォ

ルニアから今日、シャルル・ド・ゴール空港についたばかりだった。

やっとバス停からバスに乗るだけでもかなり難儀したにもかかわら

ず、さらに、階段というアウトオブファッションの代物が彼女を待ち

構えているとは思ってもみなかったのだ。


            


 
彼女は深呼吸をすると、残り少ない意を決して、スーツケースを

一気にまた1階分持ち上げながら歩いた。「ああ、やっと3階か、

あと1階だ。でも、もうだめ、ちょっと休憩」彼女は斜め掛けバ

ッグからエビアンのボトルを取り出すと2、3口グイと飲んでまたバ

ッグにしまった。「よおし、あと1階だ!がんばれ!」そう気合を入

れると、先ほどよりさらに重くなったスーツケースを持ち上げると、

息を止めて、半分まで登り、それからゼイゼイを腰砕けになって、踊

り場にしゃがみこんだ。


            


 
「まさか、毎日、これってこと?出かけるのはいいけど、帰ってき

たらまたこの階段上るってこと?へへへへ~うっそ~!」彼女はそこ

で1分ほど休憩してから、やっと4階まで登った時、息もほぼ絶え絶

えで、立つことさえままならない様子で這いつくばっていた。


 「こんなことならスーツケース、空港から送ればよかった。服も

ドライヤーもパリで買えばよかったのよ~今さらもう、どうでもい

いけど」そして彼女は411を探して歩いた。しかし、部屋番号は

どれも3から始まっている。「え~どういうこと?絶対、4階登った

わよ、何か間違ってる?」彼女はきょろきょろ歩き回ったが、

尋ねる人もいなかった。


            


 
「おっかしいわね~」そう言いながらまた階段の方まで戻ると、

上を見上げた。そこで彼女はやっと思い出した。それは、大学のフラ

ンス語の授業で、フランスでは1階のことをレッドショッセみたいな

呼び方をするということを。「ということはよ、411っていうの

は、もしかして、5階ってこと?うっそ~まさか~もうやだ、

帰る!」彼女はほとんど泣き出しそうな様子でスーツケースの上

に頭を乗せた。「もう、パリって、遅れてんだから!」そう言った

後で、またよろよろと立ち上がった。「仕方ない、ここまで来たん

だから。なんとしてでも辿り着かなくちゃ、カリフォルニアガールの

名が廃るってものよ!」


            



 それから、彼女は一段、一段、鉄アレイを引きずるような面持ちで

5階、つまり、フランス式4階まで登った。そして、411号室の前

でベルを鳴らした時、砂漠を旅してきた放浪者のように髪の毛はバサ

バサに乱れ、3mのマフラーはその先端を階段まで引きずっていた。


            


 
「リンド~ン」という高貴な音が彼女の耳に響いた。しばらくし

て、インターホンから男性の声が聞こえた。しかし、彼女には聞き取

れなかったため、覚えてきたフランス語で「ボンジュール、ジュマペル

・ジェニファー」と言った。すぐにドアがカチリと音を立て、中から黒

いスーツを着た若い男性が出て来た。「執事だ!」ととっさに彼女は

判断し、もう一度名前を名乗ると、男性は流暢な英語で、

「ようこそ、お待ちいたしておりました。さあ、どうぞ、こちらへ」

とジェニファーを中に案内した。その時、長く尾を引いたマフラーが

ドアからずっと階段付近まで続いていることに気づいた。


            


 
「きゃっ!」と彼女は声を上げたが、すでに男性はじっと不思議そう

にその長物を眺めていた。ジェニファーは急いで長物を回収すると、

髪の毛を撫でつけ、そして、恐る恐る部屋の中に半歩、踏み出した。


            


 
彼女は、とたんに流麗で美しい邸宅に圧倒され、感動のあまり、

身動きの一つさえできず、棒立ちになっていた。そして彼女はライタ

ーであるにもかかわらず、その部屋を褒めたたえる感動の一言も言え

なかったのだ。


 
「はじめまして、ピエールです。息子です」そして、彼がその凛々

しい顔でにっこりとジェニファーにほほ笑みかけたとき、彼女はほと

んど自分が彫像にでもなりたいと思った。


            


 ”イ、ケ、メ、ンの息子さん彼女は胸の内まで真っ赤に赤面する

と、やっとの思いで、「はじめまして、ジェニファーです。今日から

お部屋をお借りします」とだけたどたどしいフランス語で言うと、

ピエールは相変わらず笑みを湛えながら、さらに流暢な英語で、

「母は父の赴任先の南フランスに滞在するため4か月ほど家を空け

ますが、その間、週に1回、お掃除が入る以外は誰も来ません。私は

父と一緒に住んでいますので、今日はあなたをお迎えしたあと、カフェ

で待っている母を迎えに行き、一緒に父の待つ南フランスの家に車で戻

る予定です」と言った。


 
その日は、今までヴィンテージと大事にしてきたジェニファーの

デニムをはじめて恥ずかしく思った記念すべき日になった




   


上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 お気づきの方もおいでかもしれませんが、
『フランス人は10着しか服を持たない』の
主人公ジェニファーをアレンジした
架空のパリのストーリーです。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2022年1月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。













































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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