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マダム・ワトソン　My Style

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	連載７９７回　　　　　　マダム・シック第３話「螺旋階段」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル＆ラグジュアリーに暮らす」（ダイヤモンド社
紙の本＆電子書籍）（2006年6月）
「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
（電子書籍2014年8月）

道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

２０年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、Ｆ・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。

グレーの
ダマスクの壁
薄紫色の絨毯を
踏みしめながら
黒アイアンの
螺旋階段を
目指す先は
ライト
ブルーの
あのドアでしょうか？

　第３話　「螺旋階段」

　「お荷物はこれだけですか？」ピエールは放心状態のようにぼうっ

と突っ立っているジェニファーの背後を伺いつつ、同じ質問を繰り返

した。「あの、お荷物はこちらだけですね？」

　　　　　　　　　　　　

　「あっ、ええ、はい。そうでございます。これで全部であられます

です」ジェニファーははっとして、奇妙な英語、フランス語交じりで

答えた。ピエールはほほ笑みながら彼女のショッキングピンクのスー

ツケースを軽々と持ち上げると、「マダム、さあ、こちらへどうぞ」

とジェニファーに手招きをした。”いえ、ジェニファーと呼んでくだ

さい”彼女はとっさにそう言おうと思ったが、このマダムと呼ばれる

何とも言えない快感をもうしばらく味わってみたいような気にもなっ

ていた。「ありがとうございます」彼女はロングストールをぐるぐる

巻きにしたまま、それを後ろ手に隠して、トートバッグに、リュック

を背に、ショルダーポーチを斜め掛けにしてピエールの後を歩いた。

　　　　　　　　　　　　

　玄関の奥のサロンと思しき優雅な部屋のフレンチ窓から見えるパリ

の街並、細長い額で縁取られたその美しい絵画のような景色と自分を

比較した時、ホームレスと間違えられても文句が言えないような姿が

情けなかった。しかし、今さらどうにもならなかった。

　　　　　　　　　　　　

　ピエールはジェニファーの方を軽く振り返えると、「インターホン

でお呼びいただけたら、下までお荷物を取りに伺ったのですが、きっ

と大変だったでしょう？」と言った。彼女はその愁いを帯びた横顔を

いつまでも見ていたいような気がしながらも、「ああ、とんでもござ

いません。私、ジムで鍛えていますから、これしきのこと！」と答え

た。が、そのあとまたすぐに後悔した。“あら、まあ、お気遣いありが

とうございます。でも、これから慣れなければなりませんし、お手数

をおかけしてはと思いまして”なんて答えればよかったとつくづく、

自分のボキャ貧をがっかりした。

　　　　　　　　　　　　

　ジェニファーは、“ここパリ１６区の高級住宅地のアパルトマンで、

私はこれから４か月、マダムの代わりをしながら暮らすのだし、多く

の応募者の中から自分は選ばれのだから、ここはきちんとしたマダム

の応対をしなくてはならない。今までのようではいけない”と今さら

ながら自分に言い聞かせて高級な絨毯を踏みしめた。サロンには繊細

な彫刻が施された重厚な家具、コンパクトではあるが、大理石の天板

のマントルピース、淡いピンクがかったベージュの壁に美しい絵画が

まるでルーブル美術館さながらに、もちろん、それはジェニファー自

身の表現だが、飾られている。そして、美しい張地の猫足の一人掛け

の椅子が、１，２，３…８脚、サロンの中に配置されている。それは

ジェニファーの暮らしているカリフォルニアの自宅のようにどっしり

したカウチではなく、どの椅子もその中にすっと背筋を伸ばしてきち

んと腰かけるためのもので、身長１７８cmのジェニファーがポテト

チップスの袋片手にだらっと横になってテレビを見られるようなソフ

ァは１つもなかった。さらに、その華奢な椅子の配置はランダムでは

なく、計算されて置かれていることは彼女にもわかった。

　　　　　　　　　　　　

　「マダム、この上が寝室です」ピエールはホールの前で立ち止まる

と、ジェニファーに向かって言った。そこは吹き抜けになった螺旋階

段のホールで、８段ほど登ると踊り場になり、直角に折れながら上の

階に続いている。彼女はその美しい階段のアイアンの手すりに心奪わ

れた。いや、手すりだけではない。淡いブルーグレーから浮き上がる

グレーのダマスク柄の壁に、吹き抜けによって生まれる陰影の美しさ

にぼうとなった。

　　　　　　　　　　　　

　階段下の部分には、重厚なコンソールテーブルの上に彼女を迎える

かのように大きなボウルに活けられたカサブランカの花が鮮烈な香り

を放っている。

　　　　　　　　　　　　

　「おお、トレジョリ！」彼女は片言のフランス語でその感動を表し

た。「メルシー、マダム」ピエールは軽く応じると、階段の方に歩み

寄った。

　　　　　　　　　　　　

　「ピエール！あの、ちょっと待ってください！」ジェニファーは

ピエールを押しとどめると、ポケットからスマホを取り出した。

「あの、いいですか？撮っても？友達にライヴで送りたいので…」

「しかし、マダム、」ピエールはクスっと笑いながら言った。

「えつ？ダメですか？」ジェニファーははっとしてピエールを見た。

ピエールは穏やかに微笑を浮かべると「これからいつでも、できます

よ。ここはしばらく、あなたの住まいになるのですから」と言った。

　　　　　　　　　　　　

　「ああ、そうでした。ごめんなさい、つい、私って恥ずかしいわ」

と言うと顔を赤らめた。「写真はよく撮られるのですか？」「よく、

と言いますか、はい。いつでもと言いますか」と彼女が答えると、

「そうですか」とピエールは軽く受け流した。「えっ、ムッシュは、

撮られないのですか？SNSとか、やらないのですか？」「ええ、やり

ません。特に必要性を感じませんから」「そんな～ほんとに？信じら

れない、全くですか？」「ええ」「こんな素敵な家に住んでいて、

何も発信しないなんて、もったいなさすぎですよ！」

「そうでしょうか？」「そうですよ。きっとインスタやったらすごい

反響ありますよ、フォロー２万人なんて、すぐでしょ！」「でも、私

にとっては何も特別なことはありませんから、家の中で写真を撮るな

んて考えたことがありません」ジェニファーはその感覚にたじろいだ。

　　　　　　　　　　　　

　彼女はライラック色の階段を登りながら、自分と同世代だろうピエ

ールは今までこの素晴らしい家でどんな生活を送って来たのだろう？

と想像してみた。彼の感性を理解できないが、想像はできるような気が

した。”これは特別ではない、普通なのだ、着飾っているわけでも、

ラフなわけでもなく、３６５日、この空気感の中で過ごしているとい

うことか、そして私はその中でこれから４か月暮らすことになる。

この邸宅を守るマダムになる”　

　　　　　　　　　　　　

　「こちらです」とライトブルーのドアの前でピエールが立ち止まっ

たとき、ジェニファーはすっかり、このマダム・シックの邸宅に恋を

していた。「ありがとうございます。ムッシュ・シック」ジェニファ

ーは落ちついた品のある声色でにっこり笑みを浮かべた。

　　　

上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　＊リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.１
　カリフォルニアガールのジェニファーは
これからどんな暮らしをこの邸宅で始めるのでしょうか？
ちょっとだけご期待ください！

p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２２年１月号です。

　　　　　　　　　　　

p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　

　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。

シンプル＆ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り- 　
（木村里紗子著/ダイヤモンド社　）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Amazon、書店で販売しています。なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
　　1,944円にてお届けいたします。
　
　ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　
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