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リサコラム
連載802回
      本日のオードブル

マダム・シック

第8話

「洗濯室にて」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




白いレース
カーテンの窓からは
まだすっきり明け切らない
冬のパリの朝もやの景色が。
その部屋で一心にアイロンを
滑らせながら、白いシーツを
プレスする女性がいます。
集中しているようですが、
さて
何を
思って
いるのでしょうか?


 


 第8話「洗濯室にて」



 薄曇りの日曜の朝8時、洗濯室に「シュッ、シュッ」という小気味

いい音と微かな衣擦れの音が響き渡っていた。


            


 
髪の毛をゴムで束ね、ラズベリーピンクのセーターの上に、シアン

ブルーのエプロンを着てアイロン台の上で白いシーツにアイロンをか

けている真剣な表情の女性は、この家の練熟の家政婦に見えた。

しかし、その女性は明るい陽射しの元でおおらかに育った、陽気で

かなりおおざっぱな性格のカリフォルニアガール、ジェニファーに

違いなかった。


            


 彼女が今向き合っている幅3m奥行き約80㎝のアイロン台の横に

置かれた小さな丸いテーブルの上には、大きな霧吹きと共に『ハウス

キーピング全書』という本が置かれている。愛読された証拠に表紙の

ところどころは擦り切れ、変色しているその本は金曜日にアンヌから

ジェニファーに渡されたものだった。


            


 
ジェニファーは翌日、『ハウスキーピング全書』を渋々開いてみ

た。ハウスキーピングという言葉は、どこか遠くの世界にある古臭い

習慣であって、もちろん、意識したこともなければ、実践したことも

なかった。ことに、シーツのアイロンなどということはクリーニング

店がする仕事であって、ジェニファーの生活の中には入ってきたこと

がなかった。日常の洗濯は、シーツだろうが、ジャケットだろうが、

下着だろうが、エスカレーター式に洗濯乾燥のプロセスを取る。

つまり1度洗濯機の中に入れば、後は野となれ山となれというお任せ

というコースである。そのため今までさまざまな洗濯の失敗を繰り

返して来た。それでも無事に乾けば下着や靴下やTシャツ、ジャージ

はそのまま引き出しに丸めて突っ込まれた。おしゃれなよそ行きの服

だけは近所のクリーニング店に持ってゆかれた。


            


 ハウスキーピングの中の重要な柱の掃除は、当然、お掃除ロボット

がやるフロアの掃除のみを意味し、部屋の隅々のロボットが侵入で

きない場所があっても、知らんぷりをしていれば気にもならなかっ

た。それでも時々はロボット掃除機のために家具を移動することも

あったし、その細やかな!気遣いにジェニファー自身、満足するだ

けでなく、その行為がとてもすばらしい行いであるという確信さえ

持った。しかし、庭掃除、窓ふき、そのほかこまごました掃除は専門

のお掃除やさんに頼むのが普通で、自分でやることではないと信じて

きた。そこに来て、まさか、ジェニファーがアイロンと格闘するなん

て、家族の誰も、もちろん、本人さえ信じがたい出来事だった。


            


 
そんなジェニファーに朝から洗濯室にこもって自分のシーツを洗っ

てアイロンを掛けさせることになったのが、長年ハウスキーピングと

して働いて来たサミアという女性が書いたその本だった。プロレベル

の掃除、洗濯の仕方、アイロンがけの方法、食事の支度から後片付け

に至るまでの家事全般が図解付きで述べられているわかりやすいハウ

ツー本というだけでなく、移民の子として、アフリカのマリという決

して裕福ではない国から母親と共にフランスにやって来て苦労を重ね

た半生が浮き彫りにされていた。


            


 
今、パリに限らず、フランス国内のホテルでハウスキーピングとし

て働くスタッフのほぼほとんどが、移民、中でも黒人のスタッフが主

でフランス人はずいぶん前から人の使ったシーツを交換する仕事から

は離れていたらしい。そんな事実さえジェニファーが始めて知ったこ

とのひとつだった。


            


 「そう、アンヌも黒人だもんね、きっと移民2世くらいかしら?

どこに住んでいるのかしら?サミアが最初住んでいた、HMLって言わ

れる貧民窟みたいな集合住宅に住んでいるのかしら?まさか、こんな

お屋敷を守れるんだから、もうちょっとましなアパルトマンに住んで

いるはずよね、きっと、そうよね、いや、そうであって欲しい」ジェ

ニファーはアンヌがどこの出身なのか、そしてどんな経緯でここの仕

事を得たのか、読みながら改めて知りたいと思った。そしてさらに、

EU域内の人々と移民の格差の大きさを今さらながらに知らされるこ

ととなった。


            


 
幸運にもEU域内で生まれた人々はドイツだろうと、フランスだろ

うと、イタリアだろうと自由に行き来できるだけでなく、自由に住む

ことができる。しかし、滞在許可証のない移民は人間的な扱いはされ

ていない。幸運にも滞在許可証を得ることができれば仕事にもありつ

ける可能性はあるが、そうでなければ帰るか路上生活のどちらかを選

ぶしかなくなる。


            


 
著者のサミアは、朝から晩まで仕事の掛け持ちをしながら、肉体労

働に従事した。不衛生で老朽化した集合住宅、HMLで長年暮らした

が、そこを出ることができた時、ただひとつ持っていきたのが、アイ

ロンだったという。それからホテルの住見込みのハウスキーピングと

して雇われ、人並み以上の努力と高い技術、そして明るい人間性で次

第に勤務地のレベルを上げて行き、最後はパリのホテル、リッツで

30年も勤め上げたという。ジェニファーはサミアのシンプルな言葉

と行動力、そしてめげない人間性に心打たれた。そして、文字も満足

に読めなかったサミアがジェニファーのたるんだ暮らし方に一撃を与

えたのが、本の最後に結ばれていた「清潔な部屋とピンとした白い

シーツさえあればどんな辛苦も乗り越えられる」の一文だった。


            


 
ジェニファーはもう2時間近く、白いシーツと格闘していた。そし

て、人生で初めて自分で購入したエプロンは16区のちょっとおしゃ

れなショップで買ってきたものではあったが、まさか、エプロンが

パリに来て最初の買い物になるとは思いもしなかった。エプロンの

胸元には、「私は部屋を磨き、魂を磨く」とフランス語が綴られて

いた


   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 マリからやって来たサミア。
独立しても、アフリカの国々とフランスの切っても切れない関係。
やはり、フランスはどこから見ても憧れの国ですね。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2022年2月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。













































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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