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リサコラム
連載909回
      本日のオードブル

『花を愛でる家』

第1回

「夕陽の場所で」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つデザイナー。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




冷たい風が

吹きすさぶ

パリの最も古い

しかし、新しい橋

ポンヌフの橋の上は

ロマンチックな夕陽が

眺めらる絶好の場所のようですが…


 



第1回 「ポンヌフ」



 4月になっても、曇りの日が多く、うすら寒い、パリの街に

冷たい風が容赦なく吹く。やっと晴れた日の夕暮れ、

橋の真ん中当たりの欄干でぼんやり川を眺める若い女性の短い髪を

パリの風は冷たく吹きさらす。


            


 「ここは『ため息の橋』じゃないからね」夕陽が沈みかけるまで

1時間も橋の上でじっと佇んでいたその若い女性ははっとした。

まさか自分に向かって言われているのか?恐る恐るそっと後ろを振

り向くと、よれよれのコートを引っ掛けたそれでもこざっぱりした

感じのする、しかし、どう見てもホームレスにしか見えない男性が

いた。


            


 女性はほんとうに自分に話しかけているのかどうかもう一度確か

めるように、きょろきょろと見渡してから、やっぱり自分だとわか

ると、小銭入れから何枚かの小銭を取り出して、彼に渡そうとし

た。すると、男性はそんな意味ではないという仕草をした。


            


 「学生さんかな?留学生かな?」女性はここパリで、見知らぬ人に

声をかけられたのは初めてで、恐ろしさにしゃべることもままなら

ず、言葉にならなかった。しかし、男性は構わず話しかけてきた。

「夕日を眺めながらため息をつくなら、ドーバー海峡を渡った向こ

うの国にそんな橋があるらしいよ。でも、ここはカップルでロマン

チックにパリの夕陽を眺めるための橋だからね。だから、長い時間

ひとりで夕日なんぞ見ながら悲しい顔をしている若い人を見ると、

こっちが心配になってきてしまうよ。まあ、おせっかいな老人の余

計なお世話だけどね。それに、ご存じかどうか、この『ポンヌフ』

って橋は新しい橋って意味だけど、パリで一番古い。つまり、たあ

くさんの血なまぐさい歴史を見て来た橋だよ。カップルとか友人で

夕日を眺めるならロマンチックでいいが、一人で悲嘆に暮れるのは

ちょっとぞっとするよ」


            


 「ぞっとする?」女性は初めて口を開いた。「そりゃ、そうだ

よ。もしかして、あれのことは知らないのかい?」「何を、です

か?」男性は橋の左にそびえる尖塔のある建物を指さした。

「ここに来て、日が浅いっていうことだね。それともパリに来たの

は初めてかね?」女性は「3か月です。今、働きながらフランス語

を勉強している日本人の学生ですが…」とたどたどしいフランス語

で答えた。


            


 「なるほど、そうか、行き詰まってしまったってことだよね」

男性は、まるで全てを悟ったような表情で、女性の方を見た。

「まぁ、そんなこともあるさ。そんな日もあるさ。だって全てが

うまくいくことなんてないじゃないかい?みんな何かしら不具合

を抱えてるんだし。それに地球の反対側からやってきて、違う世界

に放り込まれたら、当然、ホームシックにもなるし、劣等感にもさ

いなまれる、嫌なこともたくさんあるだろう。知ってるかい?パリ

は心理カウンセラーが最も儲かる場所なんだよ。花の都パリだか

ら、毎日、人はみな浮かれていると思っているかもしれないけれ

ど、さにあらん。それは1週間かそこらでパリの上面(うわっつ

ら)の美味しい部分だけをさらってゆく旅行者だけのこと。パリ

は旅行者を貴族扱いするけど、住人になったら、追い出すことを

まず考える街だから。スリ、強盗、おちおち家を長く空けられな

いし、フランス語の試験に受からなきゃ、定職に就いたってビザ

なんかなかなかくれやしない。外国人にとっては住めば地獄って

ことよ」男性がそう話すと女性は黙ってうなずいた。


            


 「ああ、そうそう、あの左に見える建物、あれはコンシェルジ

ュリーって言って不気味なやつだよ。夜遅く来るような場所じゃ

ない。いまでも亡霊が巣くっているっていうからね。そう、まさ

しくマリー・アントワネットが収監されていた牢屋だよ。つまり、

昔の監獄だよ。今は裁判所とかになってるけど、お化けが出ると

か、足音が聞こえるとかいった話はもちろん山のようにある。妖

気漂う恐ろしい場所だから、あんなものを眺めながら思い悩むの

は良くない。悪い事しか思いつかないからね。それに、見たとこ

20歳ちょっと過ぎだろ。私の3分の1くらいしか、生きていな

いってことだ」男性はしゃべり出したら延々とこの先、何時間も

しゃべり続けるのではないかと、女性は不安にかられはしたが、

それもフランス人によくあることで、それでも、今では孤立無念

で、話し相手もない自分に話しかけてくれる人がこのパリにもま

だあることに救われる気持ちにもなっていた。


            


 「困っているなら、あの先にある高級レストランの食事をただ

でいただく方法を知っているんだけど」女性はそんな話をやすやす

と信用できるわけはないと思った。フランスは物価高で当然、彼女

は貧しい食事しかできない。レストランのテーブルについての食事

なんて夢のまた夢。パティスリーのウインドウに無数にある美しい

ケーキ、ペストリー、チーズは目の毒なだけで、そんなウインドウ

ショッピングさえできない身分であるにもかかわらず、仕事を失っ

たということは、語学学校にも通えなくなることを意味していた。


            


 パリでは美味しい食べ物にたくさんありつけると思っていたのは

全くの間違いで、学生の小遣いではとてもじゃないけど、デザート

にまで回る余裕はなかった。肉屋さんでハムを2枚だけ買って、

それをパン屋さんに持っていって、バゲットに挟んでもらうのが

いつものランチ。全体的にパリの風は冷たかった。やはり言葉が

ちゃんと通じないと仕事も何事もスムーズにはいかなかった。諦

めて日本に帰ろうにも、それすらできない事情があった。彼女は

そんな境遇を自分の言葉で男性に簡単に話した。まあ、しょせん

見知らぬ人、言っても言わなくてもどうと言うことはないと思っ

たからだった。
それにそんな思いをしているのは彼女だけではな

くパリに甘い夢を抱いてやってくる留学生の多くは似たり寄った

りだと彼女は思いたかったからだ。


           


 「ボランティアをしてみないか?」男性は即座にそう言った。

「ボランティア?」「そんな困窮している学生に食料を調達する

ボランティアだよ。そこで働けば、あたたかい食事にありつける。

さらに、悪い人間はいないし、逆に生活の支援だって期待できる。

レストランで余った食材をもらって来て、分別したり、パッキング

したり、そんなことをやりながらいろんな人間ともコミュニケーシ

ョンができる。語学学校なんて必要ない。実際、真面目な仕事ぶり

を見込まれて、高級レストランから声がかかった留学生だってい

る」男性はそう言って情報を提供すると、「屋根がなくても、生き

ている人間だっているんだから、そこに行けばなんとかなるさ、

がんばれ!」と言った。


            


 女性は急にぐっときて、ほぼ涙ぐんだ。そして、オレンジ色の

夕陽が染める顔に精いっぱいの笑顔を作ると、知っている精一杯

の感謝の言葉を言うと、男性うなずいて、ゆっくりとシテ島に向

かって歩き出した。そして道すがら、彼は二人のミュージシャン

とホームレスの缶にお札を投げ入れた。


            


 女性はそこでやっと気がついた。彼はホームレスではなく、コメ

ディアンか、俳優か、いや、高級レストランのシェフなのかも。彼

女の想像力はそこまでだった。いずれにしても、かつての牢獄にか

かる橋には渡り切る前に救いの神がいる。パリもまだ見捨てたもの

ではない。彼女は吐いたため息を全部吸い込むように深呼吸をする

と、反対方向に歩き出した




  



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1

パリは冷たく、パリは美しく、今日も多くの人を

惑わし、そして落胆させ、そして、感動させる。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
「もの、こと、ほん」は下の写真から、2024年4月号です。



           


p
.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

    の英語版です。

    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”

    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:

    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に

    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに

    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 







































































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