MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載965回
      本日のオードブル

『もしもあの時、』

第5話

「魔犬伝説と底なし沼」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つデザイナー。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。





「薄明りに、中央棟はどっしりとして造りで

ポーチがひとつ張り出している

建物だとわかる。

正面がたっぷりツタに覆われて、

ところどころ、刈り込まれ、

うっそうと濃いベールの穴から

窓や紋章が のぞいている。」

(『バスカヴィル家の犬』より)



 



第5話 「魔犬伝説と底なし沼」




 「魔犬伝説は信じますか?」その唐突な質問に僕は面食らった。

ここでは僕は新人も新人、ぽっと出のたまたま、偶然、そして何の

因果でこうなったのか、シャーロッキアン1年生。いやシャーロッ

キアンと名ばかりの、よくわけもわからず、シャーロック・ホーム

ズ・クラブに入会することになったサラリーマンだ。そんな僕に向

けられた質問を僕はただ、聞き返すしかなかった。「魔犬伝説を信

じるか、ですか?」それも、クラブ会場の入り口で。


            



 クラブ会場といってもホテルの会場のようなものとは雲泥の差。

単に半畳あるかないかくらいの間口のアパートの玄関というか、靴脱

ぎ場のような場所なのだから。その禅問答のような質問は、闖入者が

正会員であるかどうかのチェックであり、それに答えられなければ会

員ではないと即座に判断され、丁重にお帰いただくことになっている

らしかった。しかし、こんな古臭いアパートに、わざわざ日曜日に訪

ねてくる人がいるだろうか?僕はまずそれを疑問に思った。それで

も、その質問にどう答えたらいいかと頭をフル回転させた。が、なか

なか言葉にならなかった。しかし、これに答えられなければ、中に

入る事は許されないだろう。僕は「ああ、『バスヴィル家の犬』で

すね」とやっと答えた。すると、門番のようないい体格をした若い

男性はにやりと笑って「どうそ!」と中に入るようにと案内した。


            


 低いドアをくぐるようにして中に入ると、畳敷きの上に座ったク

ラブ員のほぼ9割は男性だった。その彼らは車座を囲んで話をして

いた。私はその中にポツンと1人離れて座り、特に自己紹介をさせら

れるわけでもなく、誰かが僕のことを紹介するわけでもなく、ただ、

その座談会で交わされる会話を、しおれた花のように黙って聞いてい

るだけだった。それが20分ほど続いたかと思うと、その中の代表と

思しき紳士然とした男性が、「それじゃあ、始めますか」と言って、

隣の部屋で待っている人に向かって合図を送った。その隣の部屋は同

じような6畳のほどの部屋で、会員たちはぞろぞろと移動し、そして

作業を始めた。そう、ここでの目的は作業なのである。もちろん作業

しながらも会話は続いていた。


            


 たまたま僕の左隣に座った男性がひとりぼっちでいる僕に向かっ

て、「新人さんですね?」と言った。「はい。そうです。よろしく

お願い…」「別に自己紹介は結構ですよ。そんなものは必要ないん

で」と言うとダンボール箱の上に置いてある紙を折るように言われ

た。それは、月に1回発行されるクラブの機関紙で、つまり、作業と

いうのはそのA4の紙を折って、茶封筒に入れ、そして宛名シール

をのりで貼って封をし、切手を貼って会員に送付するためのボラン

ティア作業なのだ。僕に入会証が送られてきたときもこの同じ茶封

筒だった。特に何の飾りもなく、裏面にゴム印が押されただけのそ

の茶封筒は、僕が当初想像していたイギリスの紳士クラブのイメー

ジとは、まるで違って思えた。しかしそこにいる面々は、一家言あ

りそうな大学教授、著名な翻訳家、小説家ばかりで、僕のようなサ

ラリーマンは、およそひとりもいないように思えた。話されている

内容も言葉も、まるで外国語のようにさっぱりわからなかった。


            


 疎外感を感じつつあった僕を見かねたのか、僕の右隣りで作業をし

ていた男性は、「木暮です。よろしく」と挨拶をした。後で知った

のだが、彼はシャーロック・ホームズ研究家としても知られる翻訳

家だった。小暮さんは、そこで交わされる会話を、時々、小声で、

僕に、ちらっと、解説、いや、翻訳してくれた。


            


 約30分後、作業も多少慣れた頃、彼は、「先月、ダートムアに

行きましてね」と、また僕に話しかけてくれた。僕はそのとき、やっ

と知っている言葉が出てきたと思ってほっとした。「ああ、はい、

はい、『バスカヴィル家の犬』に出てくる地名ですね」と僕はやっ

と呼吸を許されたかのように言葉を発した。小暮さんは、「ええ、

そうです。さっき玄関で、魔犬伝説のことを、あの彼が質問しませ

んでした?」と、向こうで話に熱中している男性を顎で示した。「

「ああ、はい。でも、物語の中ではそんな恐ろしい犬は実在しない

ということではなかったのですか?」と僕は答えた。「物語とは、

ここでは言いませんね。正典か、キャノンと言います」「ああ、そ

うでした。すみません」僕は素直に謝った。シャーロッキアンの不

文律のひとつが、事件の「物語」「小説」という言葉は使わず、ま

るで聖書を表すように恭しく、正典、キャノンと呼ぶのだと、Hさ

んから教えられたことを思い出した。


            


 「実はですね、それが真実であるらしいんですよ」小暮さんは僕

にそう言いかけてから、ふふと笑った。「それを実際に調べに行っ

たんです。正典に出てくるデボン州南部のダートムアにね」僕はやっと

新人でもわかりそうな話題になってうれしくなった。僕はすぐに、

「底なし沼に時々はまって死人が出るという、ダートムアですね」

と唯一、そのテーマでわかる部分だけを答えた。「ええ、そうです。

その場所にある『バスカヴィル家の犬』の屋敷のモデルだろうとされ

ているひとつに行って来たんですよ。今はバスカヴィル・ホール・

ホテルという名のホテルになってますけどね。いや、感慨深い訪問

になりましたよ~」小暮さんはしみじみと言った。「そのホテルの

モニュメント的なホールの階段にも実際に上ってきましたけどね、

まさしく、貴族の屋敷にあるような壮麗な装飾が施された高い天井

の吹き抜けのホールでした。そこに、正典に記述されているとおり

の二つ折りの階段があって、登ってきました。


            


 まずその階段は真っ直ぐに登り、次に踊り場があって、そこでく

るっと90度反対を向いた階段が左右ふたつに分かれてありまし

た。その階段のひとつを登ると、吹き抜けのホールを囲んでぐる

っと見渡せるオペラ劇場のような鉄の手すりのついた回廊があっ

て、その周りにホテルの部屋が並んでいるんですよ。その回廊は

バルコニーと呼ばれてますけどね。建物自体も18世紀くらいに

建てられたものらしくて、砲台もあり、周辺は農地と森と沼地だ

けで、もちろん、コンビニのようなものはありません。ホテルに

は魔犬伝説を裏付けるような、遠吠えをする犬の像がいくつもあ

って、夜はその付近は漆黒の闇に包まれるのですが、みんな寝静

まった夜中の2時ごろに…」そう言うと、彼は 3秒ほど間をおい

て、いきなり地面から湧き出るような低いうめき声を上げながら

次に「うぉ~」と僕に襲い掛かかろうとした。


            


 僕は度肝を抜かれた。そして、「あ~っ!」と小さく叫びなが

ら前のめりに倒れた。僕の前のダンボール箱の上の封筒と紙はさ

んざんに散乱した。しかし、小暮さんはもちろん、他のクラブ員

のだれも特に注意を向ける者はいなかった。それから彼は冷静な

声で、「そんな犬の遠吠えが聞こえてきたんですよ。魔犬伝説は

真なりだと思いましたね」と言い放った。


            


 ここは一体何という場所だろう?紳士クラブなのか、あるいは、

辞めさせるための新人いじめなのか、あるいはニッチな趣味に没入

した狂った集団組織なのか?僕はいきなりの洗礼にわなわなと手足

が震え、しばらく口もきけなかったが、回りでは会話が途切れるこ

となく、そして作業も続いた。


            


 150年前の架空の探偵物語の世界を現実のものとして没入す

る人々の醸し出す異様な雰囲気、ぞくぞくするような好奇心と探

求心と想像力の混じった独特な香りに僕は臓器をつかまれた

気がした。


            


 それから僕はダームアのようなその底なし沼の世界にずぶずぶ

と入り込んでいった。




   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。



p.s.1


今日のイラストは『バスカヴィル家の犬』の務台

バスカヴィル家の邸にシャーロック・ホームズの

シルエットを重ね合せたのですが、

途中、iPadペンシルが反応しなくなり、

指で描きました。



p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
「もの、こと、ほん」は下の写真から、2025年4月号です。



           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

    の英語版です。

    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”

    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:

    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に

    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに

    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 







































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.