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リサコラム
連載594回
      本日のオードブル

夢の中で

第6話


「Gの場合


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




憧れの
スキー
リゾートに
やっと来た。
夢にまで見た
このリゾートには
雪山だけではなく
美しいインテリアと
温かで優雅なもてなし、
おいしいお茶と美味な食事と
何より洗練された空気があった。
最高の状態で来たかった場所は、
最低の状態の僕を立ち直らせてくれた
最高の場所になった。

 







        

第6話「Gの場合




 「スキー場はどこかな?」Gはホテルのフロントスタッフに尋ねると、スタッフは

雪山を差して、隣接するスキー場の自慢を始めた。そして最後に、「1時間おきに玄

関からバスが出ております」と答えた。Gはもちろん、スキー場の場所などは承知の

上で聞いたのではあるが、それが現地の言葉で言えたGの社交辞令だった。


               


 「それでは、どうかごゆっくり」とにこやかに微笑みを返すスタッフに、Gは微か

な笑みだけで返すと、部屋への案内を断って、ひとりエレベーターホールへ向かった。

Gの踏みしめる濃紺の絨毯は足の裏にへばりつくように濃密な触感で心地よかった。

Gは3階でエレベーターを降りた。


               


 開いたドアの前には広いガラス窓の向こうに雪をかぶった高い樹木が1階から枝を

伸ばし、さらに上の階にまで伸びている。中庭のようだ。静かな廊下を歩くと遠くで

子供たちのはしゃぎ声がした。Gは部屋番号を確認して、突き当りを左に折れた。

先ほどの子供たちの声はだんだんと近寄ってきて、そして、また離れた。部屋は中庭

の周りに配置されているようだった。きっと部屋には素晴らしい雪景色が広がってい

るだろう。Gの気持ちの5分の1には、そんな期待が占めたが、5分の4は変わらず

もやもやとした負の気分が居座っていた。


               


 Gは自分に割り当られた数字を見つけるとカードキーをかざした。ドアが開くと、

白いベッドルームを背景に想像を超えた美しい雪山の風景がGを出迎えた。白いベル

ベットをまとった山肌は青い空とのコントラストでいっそう神々しさを帯びている。

さらに山の手前には池が凍った天然のスケート場もあるようだ。


 Gは、クローゼットの扉を開けて、数個のバッグを置いた。中にはもちろん、スケ

ート靴も入っている。


               


 次に、コートを脱いで、マフラーを首から外しにかかったが、長いマフラーはしつ

こく首にまとわり、なかなか外れようとしなかった。ファンからもらったそのワイン

レッドのマフラーはやっと真っ白いベッドリネンの上にはらりと落ちた。それは白い

リンクに舞うGのワインレッドの衣装にも思えた。「『自分を信じる』か~、」つぶ

やいたGの口の中はニガウリのような味が充満した。


               


 世の中は今、オリンピックでも盛り上がっているが、そんな喧噪から1ミリでも離

れたいと思っている人間がその選手たちの数十倍、数百倍もいることを理解している

人はきっと少ないだろう。Gはそう思った。ここまで全力で頑張ってきても、大事な

試合で失敗すれば、たどり着く前にすべては水の泡と帰する。Gは自分の短い選手

寿命のことを思った。もちろんこの先、生き続けることはできるだろう。スケート靴

を脱いでも。しかし突然、目の前に現れて来た「引退」と人生の「転機」という4

文字をGは宙ぶらりんにぶら下げたまま、ひとり、思い切ってスイスの高級スキー

リゾートにやって来たのだった。


               


 試合に負けてから、そしてこの道すがら、ずっと悩み続けて来たGには、リゾートは

別世界で、すべては輝いて見えた。


 スポーツ選手の多くはマイクを向けられれば、同じセリフを繰り返す。「あとは自

分を信じて」それは、「あとは運を信じて」とは言えないからにほかならないとGは

思うが、とはいえ、もはや「自分を信じる」という言葉の意味さえわからなくなった

Gには、それすらも別世界に感じられた。


               


 Gは長い時間、クローゼットの前で凍った池を見つめていたことに気付き、シャワ

ーを浴びようとバスルームのガラスのドアを押した。


               


 ローズマリーのような、すう~とする香り。室内はゆっくりとだんだん明るくな

った。壁はブルー、グリーン、イエローの鮮やかなモザイクタイル。床はしっとりと

した砂岩のような石で、その中で白いバスタブはピカピカに光っている。そして巨大

ともいえる大きなレインシャワー。Gは手元のスイッチを押してみた。霧雨のような

水が頭から落ちて来た。Gはもう濡れてもいいやと思った。もうもうと湯煙の上がる

中で、服から、垂れた頭から跳ね返るしぶきを顔全体に受けながら、Gはじっとして

いた。およそ15分はたっただろうか、やっと濡れた服を脱いで裸になると、頭の先

からつま先までブクブクと真っ白い泡で体を洗い、終えると、タオルをかぶって、バス

ローブを羽織った。そして、ナイトテーブルの上の電話に手を伸ばした。


               


 「すみませんが、服のクリーニングをお願いいたします。濡らしてしまったもの

で」数分後、ハウスキーピングの若い男性スタッフがやって来て、バスルームの濡れ

た服を大きな袋に入れて何も言わずに持っていった。そしてまた数分後、同じスタッ

フが湯気を立てるハーブティと銀のふたをかぶったチョコレート菓子を運んで来た。


               


 「お洋服は、ディナーの前までにはお持ちいたします。どうぞごゆっくりご滞在を

お楽しみくださいませ」若い彼はピンク色のほほをまん丸く膨らませてにっこり笑う

と出ていった。


 Gはチョコレート菓子をぱくっと口に入れてハーブティを一口、口に含んだ。ほの

かな苦みと強いミントと優しい甘さが渋みを帯びて口の中で混然となった。一瞬、G

は強い幸せ感を覚えた。


               


 「あと2時間でクリーニングができるんだって!やらかしちゃったたけど、電話一

本で手配できたよ。なんか、俺、かっこよくない?」Gはふふふと笑うと、ベッドに

ドスンと横になって堰を切ったように笑い始めた。「かっこいいじゃん、俺も、なか

なか。もしかして、今までで一番、かっこいいよかったんじゃない?自暴自棄になっ

て、他人に助けを頼んで、黙って受け入れられて、なんか映画みたいじゃん!でも、

これ、全部マジだもんな、リゾートって、すごいな。ハイソって、何もかもがかっこ

いいってことか?」Gは楽しい笑いを続けた。笑いながらもGは自問自答を繰り返し

た。


               


 “でも、ここのスタッフも訓練、するんだよね。そしてマニュエル通り、毎日、毎日、

こんな同じようなことを繰り返してるんだよね~。結局は、訓練でも、本番でも、同

じようにやれる人間が勝つてことかな~、決められたルーティンに従って、やるべき

ことをやれたやつが最後には笑うということか?“Gは雪山を見ながら真顔になって

いた。


               


 「きっとあいつらは練習も本番もルーティン通りに淡々とやれただけのことだよ

ね。僕はそうじゃなかっただけの違いだよ。ガムシャラも自暴自棄も結局はカッコ悪

いってことかだから。競技会なんて、一番カッコいいやつを決めるコンテストみたい

なもんだもんな」


               


 Gはまた受話器を取った。「ハーブティとチョコレート、ありがとう。さっきのス

タッフさんにお礼言うのを忘れてて、失礼いたしました。それで、ディナーの予約を

したいんだが、」とGは生まれて初めて、高級リゾートでひとりディナーの予約をし

た。言い終えると、「それじゃ、楽しみにしてるから」と言って電話を切った。


 「そうか、僕は2回も転んで、当然、カッコ悪かったはずだね、カッコいいやつを

決めるのが試合なんだから、カッコ悪くちゃダメに決まってるか!」


               


 Gはカップのハーブティを飲み終えると、スーツケースからタキシードを出して着

替えにかかった。洗面室で髪の毛をくしでなでつけた後で、カフスボタンを思い出

した。「もらったやつがあったはずだ」Gはポケットからカフスボタンを取り出すと、

慣れない手つきでボタンを留めた。そして、じっと鏡の中のハンサムな30前の若者

を観察した。


              


 「カラン、コロン~」ドアのベルが鳴った。今度は女性スタッフがGの服を抱えて

持って来た。それはきれいな薄い布のカバーが掛けられ、ハンガーの首元に白いリボ

ンが結ばれていた。


 「ああ、ありがとう」Gが受け取ろうとすると、「よろしければ、こちらにおかけ

いたしましょうか?」と、スタッフはクローゼットに丁寧にかけた。そしてかけ終え

ると、ドアの前で彼女はじっと立ち止まった。


               


 「あの、G様、最高に、最高に、かっこいいです」彼女の瞳はうっとりした光をG

に差し向けた。



   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1
  「自分を信じる」という言葉を何度、
  スポーツ選手の口から聞いたことでしょう。
  最近になって、それは、達成しきった人同士の間でしか
  通じない領域だとわかりました。
  イラストの部屋は、ピョンチャンオリンピックの
  選手村の部屋をテレビで見ていて
  私なら、こんな部屋にしたいなという提案です。


  「もの、こと、ほん」は下の写真から。
           
             


p.s.2
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
    英語版を出版いたしました。
    "Bedroom, My Resort"の英語版がようやく出版されました。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。






シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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