MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載640回
      本日のオードブル

思いでの場所

第10話

「S教授の最後の授業」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



深い
フォレスト
グリーンの壁の前に
クイーンサイズのベッド。
左右に白いナイトテーブルと
ランプスタンド
白とグリーンだけの
鮮やかな配色の
ベッドルームの
横には
クローゼット
真っ白いバスローブ
ローブ、パジャマだけが
きちんと並んでいます。
さて、S教授の最後の授業が
終わりに近づいたようですね。



 







        

第10話 「S教授の最後の授業」



 「みなさん、本日は最後の授業となりますため、」S教授は、すり鉢型に

なった教室でマイクを握っていた。S教授はガリレオ・ガリレイと、伊能忠敬

を敬愛する、真面目を絵に描いたと言われる言語学の教授だった。


            


 「それでは、」とS教授がまた言い始めたところで、いつものことながら

キーンというマイクの不協和音が教室内に鳴り響いた。この講義に初めて出席

する学生数名が顔をしかめて両耳に指を突っ込んだ。


            


 「明日からみなさんは、待望の冬休みになることでしょう。中には実家にお

帰りになる方もいらっしゃれば、心はすでにゲレンデという方もいらっしゃる

でしょう。また、あるいはアパートの部屋でひとり学問に熱中される方も、」

S
教授はそこで、顔を上げて教室内を見渡した。教室はいつになく満杯で、立

ち見も出る盛況ぶりだった。いつもは数えられるくらいの学生が広い教室にパ

ラパラと座っているだけだったから、S教授の授業の中では初めての光景だっ

た。分厚いメガネの奥から、細い瞳が心なしか寂しげにうるんでいるように

思えた。


           


 S教授は若者たちのそれぞれの顔をほほえましげに、じっくりと眺めた。

寒そうに首を引き留めている者、真面目な顔でじっと次の言葉を待っている

もの、どうでもよさそうな者、しかし、今日のS教授にはすべての学生が愛お

しく見えた。最後の授業であるS教授にとって、どんな表情であっても歓喜の

気持ちが湧かないものはなかった。


            


 「カンカンカン」古い鉄パイプの暖房設備が鋭い高音域の音を立てた。

「これで、私の授業のカリキュラムはすべて終わりました。今日は、人生を

多少長く生きた者からの提言としてお伝えしたいことがあります。それは、

今日、この日がわたしの教師人生最後でもあるためです。この中には来春から

社会人になられる方が大半でしょう。その社会の仕組みは複雑で単純です。複

雑な部分は個々人が経験の中で体得してゆくことでしょう。単純な部分は、不

正やよからぬ行為は必ず見つけられ、糾弾されるということです。まずはお金

です。お金に誠実でなくてはなりません」教室内はざわめいた。


            


 「笑いごとではありません。もし、ATMでお金を下ろした時、手数料無料

の時間帯なのに、ATMの中の時計が1分進んでいたために、108円取られ

たといたしましょう。あなたは憤慨しませんか?すべての人は憤慨するはずで

す。人は1円でもだまし取られたと思えば、嫌な気分になるものなのです。

そんな些細なことでニュースになり、その金融機関は信用を無くし、倒産する

かもしれないのです。大げさな例かもしれませんが、常にお金には誠実である

ことです。


            


 次は母国語による言葉です。国を代表する議員や首相や大統領が不適切な言

葉を不用意に吐いたために、その地位を危うくすることはよくあります。外国

語であれば、多少の言い間違いをしてもほほえましく思われるくらいで済みま

す。しかし、母国語というものは全く違います。さらに言葉は一度放たれると

取り戻すことができません。慎重にしゃべるに越したことはないのです。母国

語の言葉とお金に正確で誠実でありさえすれば、容易に信頼を勝ち取れます。

反対にいつも小さな嘘をついている人は肝心な時に、信用されないどころか、

命の危険さえあるのです。


            


 言葉は大事です。社会人には、お金と言葉に誠実であることがまず、基本な

のです。つまり、このお金と言葉を上手に操ったものが成功者となります。

と、ここまで、前置きが長くなりましたが、」S教授は教室を見渡した。


            


 数人の学生は肘をついて眠っていた。また数人はひそひそ話を続けていた。

教授は最前列から3番目で、忙しくノートパソコンのキーボードをたたいてい

る学生のそばにやって来た。教授はそこで、マイクを持った。


とまた「キーン」という音の後が鳴り、そして、教授は告白した。

 「私がこんな話をしますのも、先ごろ、一度だけ不誠実をしましてね。

まあ、人生最後の一度きりの不誠実ですが、」と言うと、教室は一気に静かに

なった。


            


 「実は、私は家族と担当医を騙したのです」S教授はメガネを外して、机の

上に置いた。そのカタンという音さえ、立ち見席まで聞こえるくらいに教室は

静まり返っていた。


            


 「この通り、私は地味な人間です。言語学を研究するということは、

200年前、伊能忠敬が歩幅で日本列島を計測し、そして生涯をかけて今でも

通用するような正確な地図を作り、天文学により地球の大きさを測ったように、

とても地味な研究です。それを20代から50年間、取り組んできました。

しかしです、」教授は、瞳を輝かせた。「とうとう、神から、休息の指令を受

けたのです。私は通勤途中の道で倒れました。それから3日間意識を失い、目

が覚めた時は、病室のベッドの上でした。個室の窓からは常緑樹の緑が鮮やか

に見えました。私は何かをしゃべろうとしましたが、しゃべれなかったのです。


 私はその時、Oヘンリーの「最後の一葉」を思い出していました。重篤な病人

に最後の生きる力を与えたのが、嵐でも吹き飛ぶことなく、枝にしがみついた

最後の一葉だったという名作です。患者は回復し、老画家は命を落とすという、

Oヘンリーらしい結末で終わります。その葉はその老画家が自分の命と引き換

えに壁に描いた最初で最後のマスターピースだったというオチがつきます。


           


 気づけば、私にはたくさんの管がついていましたが、意識はすぐにはっきり

してきました。私は外を見ながら、「グリーン」と言ってみました。口がきけ

たのです。それから、自分のつまらない人生を思い返しました。こんなときに

しか、人間は自分の人生を真に振り返ることなどできないものなのですね。


 私の70数年の人生は黒と白の2色の絵具があれば描けるような人生でし

た。つまり、誠実であることでした。そして研究テーマである文字は大半が黒

です。そんな黒白の人生に、グリーンという色を加えてみたらどうかと思った

のです。


            


 『green』とは含蓄のある言葉です。環境や自然を守るという意味から、

樹木全体もグリーンと呼びます。ここまでは普通に理解できることです。話は

脱線しますが、オードリー・ヘップバーンの映画『ティファニーで朝食を』の

中で主人公はブルーな気分になることをグリーンになると妙な表現しました。

しかし、グリーンには嫉妬、反対に憧れの感情を表すこともできます。また、

青二才、青い、などと日本語では未熟な者に対して青を使いますが、英語では

グリーンを使います。青信号もブルーではなくグリーンです。さらに、グリー

ンは紙幣、お金も意味します。それはかつて、アメリカの紙幣が緑がかってい

たことに由来します。


            


 私はその病室で、生死の境をさまよった後で、これまでの生き方に含蓄のあ

る色、Greenを加えたいと思ったのです。ご存じのように、親が私に与え

た名は誠一です。ずっと誠実であることを生きる指針としてきました。お金、

つまり財布も妻に任せきりで、清貧を愛し、贅沢と呼べることは何もした覚え

がありませんでした。ずっと白か黒かで人生を生きて来たのですから。


            


 しかしです。私は人生最後のわがままをしたいと思いました。緑に包まれた

美しい別荘でゴルフをし、ワンアイランドワンリゾートで、あるいはジャング

ルの秘境リゾートで優雅な日々を味わっている人々のひとりになってみたいな

と思ったのです。


            


 その時、幸か不幸か、病室には誰もいませんでした。いや、今思えば、幸い

でしょう。私はそこでしばらくじっと考えました。そして思いついたのが、う

わごとだったのです。わたしは家族がやって来ると、意識が戻りつつある患者

のふりをしました。妻は喜び、急いで看護師を呼び、続いて担当医がやって来

ました。


            


 「グリーン、グリーン」と私は繰り返しました。そして、「グリーン、リゾ

ート、グリーン、ホテル、」私はそんな単語を返しました。周りは大騒動し始

めました。しかし、私は言語学者です。しかも誠実な言葉を旨としてきたので

すから、妻は全部信用しました。私が嘘のうわごとを言っているなど、ゆめゆ

め思わず、彼女の手帖は私が口走ったうわごとでいっぱいになりました。次第

に、私は『ベッド、バスローブ、キャビア、シャンパン、ゴディバ』と知る限

りの贅沢な言葉を呪文のようにつぶやきました。そのレベルは段々とエスカレ

ートしていました」教室は笑いの渦に巻き込まれ、教授の声はかき消されそう

になっていました。


 「静粛に!グリーン、グリーン!」教授は叫びました。そしてやっと教室が

静まると、教授はスクリーンに緑色の壁の前に横たわる大きなベッドのあるリ

ゾートホテルのような部屋を映し出しました。ベッドの上にはたくさんの枕が

並び、中には教授のイニシャルSの文字が刺繍されているものもありました。


            


 「私の新しい別荘です。私は人生の終盤で、やっとグリーンを知りました。

妬みや、羨望、憧れと言った意味も、若く、未熟という意味も、さらに、環境

に優しいという意味も、森、そして、お金という隠語さえ持つ奥深い、

『green』という色を私の人生の中に獲得したのです。同時に、私は、長

年の研究テーマに解決の糸口を見つけたような気がしたのです。それは

「green」という言葉だったのです」


            


 教室は拍手喝さいが鳴りやまない中、S教授は深々とお辞儀をすると、誠実

な教師人生の幕を閉じ、グリーンな人生の第一歩を踏み出したのです



   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
    誠実を絵に描いたような方、
    最後には必ず報われて欲しいです。

p.s. 2  

    伊能忠敬の番組を見ました。
    何より粘り強く、部下の信望も篤い人生に
    感動しました。
    きっとお金にもきれいで、さらに言葉も
    大事に取り扱ったことでしょう。
    その美しい筆文字が物語っていました。


  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2018年12月号です。
           
           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.