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リサコラム
連載815回
      本日のオードブル

2CVと過ごした夜

第3話
「そこにはそれがあるから」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




赤と白のストライプ
のテント
真っ赤な
テーブル
クロス
青い椅子
青い看板
どうやら
ここがフランスの
カフェのようですが
果たしてどこなのか?

 



第3話「そこにはそれがあるから」


 

 女性にもてるなどという、まことしやかなウソに踊らされた私の

フランス語は当然のことながら習得と言えるレベルには全く達せず、

30年経った今となっては私がフランス文学を志していたなど笑い話

にしかならない。思い出すたび、カカオ80%以上のビターチョコの

ように苦い過去の自分の姿が口の中いっぱいに広がる。


            


 
それでも、少なくともフランス語に親しんだという記憶だけで、

その後、数回フランスを訪れた。その内、私の夢はパリから直線距離

で500kmのボルドーまでぶどう畑の道をフランス車で走ることに

変った。それは多分に祖父母がぶどうの産地の長野県生まれであった

こと、そしてかつて長野県知事を務め、賛否両論を巻き起こした

知事、田中康夫氏を秘かにライバル視していたことがあった。


            


 田中氏は浅田彰氏とタッグを組んで『憂国呆談』という世相批判の

対談を数誌またいで連載し続けているが、実は私は車雑誌『NAVI』

に連載され始めた当初からの愛読者なのだ。理由はと言えば、田中氏

が車好きということ、女性になぜか人気があり、さらに美食家でも知

られていることだろう。しかし、何より彼はフランスに入るとき、

シャルルドゴール空港からひとりレンタカーでホテルに直行している

ことを知った時だった。彼はパリの街だけでなく、フランス中をルノー

やシトロエンで自由自在に駆っているらしい。当然、フランス語も堪能

だろうし、フランス料理にも、ワインにもホテルにも詳しい。

つまり、同性のオヤジから見た田中康夫の魅力と言えば日本のオヤジ

のくせにオヤジらしくない、フレンチなアクの強さを持っているとこ

ろなのだ。しかし、私がどんなにライバル視しても彼の持つキャラク

ターなかのただのひとつも共通項がなかった。もちろん、氏は私のこ

となど知る由もない。そこで私のできる唯一の手段はフランスぽいア

クの強い車を愛車にすることだったのだ。


            


 CVを手に入れた時、周囲からの蔑みの目も、ポンコツ呼ばわり

も、勝手にどうぞとばかりに私は気にもしなかった。そして、うれし

さのあまり、その夏の始め、私は山道で相棒を転がしに行った。そし

て案の定、電波が届かない山の中で私の2CVは突然動かなくなった

のだ。


            


 
陽はすでに山に落ちかけ美しい夕暮れを迎えていた。何度かイグニ

ッションキーを回したが、エンジンはかからない。ボンネットを開け

てみたが、そもそも、車の修理などやったことはなく、わかるわけが

ない。それでも、まだ陽ざしが西の山の端にある内はおおらかな気分

でいた。そのうち、車が通るだろうと高を括っていたのだ。しかし、

1時間待っても1台の車もバイクも通らない。もしかしたら、朝まで

1台の車の通らないかもしれないと思ったのは、日が暮れて真っ暗に

なった時だった。その時、ナビのないことを残念に思った。そして、

私と相棒の2CVはようやく深刻な状況だと気付いたのだ。


            


 ナビなし、ケイタイの電波も届かない山奥、私の遭難は決定的だっ

た。しかし、こんな真っ暗な中をやみくもにさまよってもクマに襲わ

れるのがオチだろうと考え、私はリュックの中から、持っていた栄養

ドリンクとビスケットをかじりながら朝を待つしかないと判断した。


            


 
私は幌を開けて満点の星空を見上げながら腕枕をした。その日はよ

く晴れた晩で夜空から降るように星が瞬いていた。都会では決して見

られない美しい星空。この空は私の住む街にもつながっているはずな

のに、マンション群に囲まれた2階建ての私の家のバルコニーから

は、わずかな瞬きしか届かない。この貴重な星空を相棒二人で今晩

は楽しもうという楽天的な気持ちを無理やり前に押し出しながら、

時折、山から降りて来る風が私の多少薄くなった頭をからかうよう

に撫でてゆくとき、ぞくっとした。初夏とは言え、山の風はとても

冷たくも感じた。ああ、これが冬でなくてほんとうによかった。


            


 
私は以前、フランスのテレビで、森の中で車ごとすっぽり雪に閉じ

込められた女性が飲まず食わずで2週間を生き抜いたニュースを思い

出していた。医師は、「人はそんな状況でも生き残れる可能性があ

る、水さえ飲んでいれば」と言ったが、それも万に一つのケースだ

ろう。水だけで生きられるとしても相当の意志の強さがなければ生き

る力は失せるはずだ。


            


 そんなことを思いながら夜空に瞬く星のひとつに私は自分自身を当

てはめた。人はみなそれぞれ、星のように単独で光を放ちながら生き

続け、そしてあるとき、光を失うのだろう。それがいつのことなのか

は誰にもわからない。もちろん自分自身にも。そのうち、私の瞼はだ

んだんと重たくなり、星空の中に自分自身が溶け込んでゆくように

意識もかすんでいった


            


 
目が覚めた時、あたりはまだ真っ暗で、しかし、明るいヘッドライ

トが私の相棒のバックミラーに映っていた。


            


 
「どうしました?故障ですか?」その声は窓ガラス越しに私の顔めが

けて発せられた。それは見知らぬ若い男性で、彼は山を下りた街の入

り口でカフェを営んでいると言った。「助かった!」私はその時それ

以外、何の感情もわかなかった。


            


 彼はすぐに私を自分の車に乗せると山道を降り始めた。それから彼

のカフェにつくまでのことはほとんど記憶にない。私は子供のように

呆然として、彼のなすがままになった。そして、彼のカフェに到着し

た時、私は感極まってなんと男泣きに泣いたのだ。


            


 『カフェ2CV』それが彼のカフェの名前だった。そう、彼こそが

私の命の恩人だった。そしてあれから1年、私は今、私の相棒を彼

のカフェに向かって走らせているのだ




   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *リサコラムは毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 田中康夫氏はとても日本的オヤジの
雰囲気とは違いますね。実は私は昔からの
ファンです。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2022年5月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。













































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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