ゴールデンウイークが開けると、夏休みの旅行の予約でようやく忙

しさが戻ってきた私はオフィスで一人慌ただしくキーボードを打って

いた。しかし、心配の種は梅雨開け宣言が出されたと時を同じくして

南太平洋で発生し、日本に接近しつつある台風だった。


　　　　　　　　　　　　


　台風発生から３日後、次第に雲行きが怪しくなってきた。沖縄上陸

か？「夏の間、沖縄だけでも晴れてくれ、せめて、このコロナ禍が収

まりつつある今年の夏くらい、すべての台風は日本をよけてくれ！」

私は逆雨ごいのような気分で空模様を眺めながら不安な気持ちを抱え

ながら過ごしていた。


　　　　　　　　　　　　


　私たち旅行業を苦しめる大雨、台風、天変地異、そして政変。もち

ろん、それは旅行会社だけではなく、あらゆる観光業、農業、漁業、

そして働く人々に影響を及ぼすものだが、人知を尽くしても台風の進

路を曲げることができないなら、長物には巻かれるように、白旗を上

げて、「キャンセル承りました」と言うしかない。その上、大手のネ

ット通販会社にツアー客の半分以上も奪われた昔ながらの駅前の旅行

代理店というスタンス。さらには、このパンデミック。この先、客足

は減り続けても決して増えることはなさそうに思える。


　　　　　　　　　　　　


　それにも関わらず、近所の花屋さんにはお客さんは絶えることなく

やって来ては、大きな花束を抱えて私の店の前を通り過ぎてゆく。

実は花屋さんがあることは漠然と知ってはいたが、コロナ禍の前ま

では日々の業務に忙しく、ほとんど意識したことなどなかったのだ。

花屋さんとて、母の日、新築祝い、結婚祝い、ネットで注文を入れる

方が簡単便利なのに、それなのに、なぜあの花屋さんは客足が途絶え

ないのか？そんな近所の異業種の店のことが気になってしかたなかっ

た。


　　　　　　　　　　　　


　台風接近のその日、午後３時を過ぎるとガラス窓からひゅ～、

ひゅう～という風切り音が聞こえるようになった。いよいよ台風が近

づいて来たようだ。斜め向かいのパン屋さんはお昼が終わると早々に

店を閉じて、「台風接近のため本日は閉店いたしました」の看板を掲

げたが、しかし、あの花屋さんは、まだ花を店の中に入れることもな

く、平然として営業を続けている。私は窓ガラスに顔を近づけて、

花屋さんの店先を覗いて見たが、駅を降りたお客さんなのか、近所の

人たちなのかわからないが、少し離れた場所にしかない駐車場にわざ

わざ車を停めてまでやって来ているのか、次々にやって来ては、花を

抱えて、私の店の前を通り過ぎてゆく。午後５時過ぎ、少し風が弱ま

ったと思ったら、雨が激しくなってきた。細かな粒の雨が一斉に地面

めがけて落ちていく。こんな日は店を閉じた方がいいのかもしれない

が、しかし、私はこの店のオーナーではないために、勝手に閉めるこ

とができなかった。


　　　　　　　　　　　　


　雨がさらに激しくなってきた午後６時頃、ひとりの男性が大きな

花束を持って歩いて来た。そして、私の店の前あたりで立ち止まる

と、じっと通りの先を見ていた。私はパソコン越しにその男性を見る

ともなく見たが、男性は１９０㎝近い長身でがっちりしたスポーツマ

ンタイプで、大輪の花５，６本が束ねてある大きな花束を持ってい

る。しかし、それも大きな体形のせいでさほど大きくは見えない。

差している透明な傘は彼の体をようやっとカバーする程度の小ささ

で、背中に羽織った感じのレインコートは濡れ放題、白いスニーカ

ーどころか、デニムのパンツもほとんど水浸しになっているはずだ

と、私は余計な心配をしていた。しかし、彼は見たところ、不快感

を表情に表すでもなく、１５分、３０分、そしてとうとう１時間経

っても、その場に立ったままで、誰かを待ち続けていた。


　　　　　　　　　　　　


　私は閉店時間の午後７時になったため、帰り支度を始めようと、

パソコンの電源を落とし、デスクとカウンターを拭いてごみを集め

た。そして、電動シャッターのボタンを押そうと壁に手を伸ばした

時、彼の待ち人らしき青い傘がやって来た。


　　　　　　　　　　　　


　彼より３０㎝以上も小さな女性で、かっちりしたスーツを着てい

た。「ああ、よかった！」私はなんだかほっとした気分で二人の聞こ

えない会話を想像していた。それから女性はガラス越しに私を見つけ

ると、会釈をした。そして二人連れ立って帰って行った。私は面識が

あったのかどうかわからなかったが、きっとお客様に違いないと、慌

てて深々と頭を下げた。


　　　　　　　　　　　　


　台風の金曜日の晩に傘を差して彼女を待ち続けた男性、この週末、

旅行に行く予定だったのだろうか？旅行に行けなくなった代わりに家

で紫陽花の花を花瓶に活けて旅気分を味わおうというのだろうか？雨

と紫陽花は抜群の相性の良さだから、がっかりした気分も多少はなぐ

さめてくれるのだろう…私はそんな想像を巡らせながら透明な傘と青

い傘がゆっくり遠ざかってゆくのを見送っていた



　　　



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　次回号は2022年８月３日号となります。
　　　＊リサコラムは毎週水曜日に連載いたします。

p.s.１

　雨と紫陽花を味わう時間もほとんどなく、
今年の梅雨は終わりました。


p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２２年７月号です。


　　　　　　　　　　　


p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　


　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　 　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　



　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。