「どうでしょうか？掘り出し物の物件ですよ。3年前、大々的な

リノベーションをやったばかりで、ほぼ、新築同様です。駅からは

ちょっと、まあ、車で３０分程かかりますが、ショッピングセンター

にも車で、２５分、ええと、そうですね、飛ばせば20分。買い物に

超便利とはいきませんが、ドライブがてらにゆくにはちょうどいい

距離だと思います。周りは静かですし、ビルもなければ、雑踏もな

し、環境は抜群ですよ。それになんと言っても裏庭がよそ様の畑に

繋がっているなんて、私も１０数年、この仕事をやっていますが、

ありませんね。まったくもって、はじめてですよ！」


　　　　　　　　　　　　


　私を案内してくれた不動産屋の営業マンは玄関ドアをあけると

すぐにダイニングとリビングスペースにつながる間取りを差し

た。「ほら、いかがですか？ちょっと珍しい間取りですよね。

ダイニング→リビングスペースなんて、こんなのはじめてですよ。

斬新ですよ！」そう言ってから、すぐに家の設備の説明を始めた。


　　　　　　　　　　　　


　「前のオーナーは若夫婦で、崩れかけた築７０年のこの家を全面的

にリフォームしたんです。最新のキッチン設備には、タッチレスセン

サーの水栓でしょ、食洗機もドイツ製ですよ。まあ、確かにクローズ

ドキッチンで広いとは言えませんが、私は、アイランドキッチンはど

うかと思いますね。ほら、キッチンの中が丸見えじゃないですか！大

理石じゃありませんが、御影石のカウンターですよ！」しかし、私は

何かに引き寄せられるように玄関横の台形に張り出した窓までやって

くるとじっと動けなくなっていた。営業マンはそんな私には気づかず

熱心に家の設備機器の説明をしているようで、時折、扉や引き出しを

開けたり閉めたりする、ばったん、ばったんという音がする。


　　　　　　　　　　　　


　「ほ～、バスタブはないけど、おっと、レインシャワーじゃない

ですか、スゲー、あの、リッツカールトンなんかにあるレインシャワ

ーと同じくらいか、まあ、ちょっと小ぶりではありますが、こんなの

はじめてですよ。とても築７０年の家とは思えないですよね。

ほんと、はじめてですよ。こんなすごいキッチンとバスルームの

あるワンベッドルームの物件、やっと巡り合ったって感じですね。

ほんと、こんなの、はじめてですよ！」彼は力を込めて何度も

「はじめて」を力説した。


　　　　　　　　　　　　


　私はこの営業マンから物件の案内を受けるのも数回目だが、

そのたびに、彼は何かスペシャルなものを取り上げて「はじめて」

を繰り返す。１軒目はアイランドキッチンの良さを力説しながら

「はじめて」を連発していたし、２軒目は暖炉のあるリビングス

ペースを、ある時は金メッキの白鳥の口から水が出る猫足風バス

タブを、またある時は３階建ての螺旋階段を。しかし、彼の力説

する「はじめて」は残念ながら、私にはどうでもいい要件だった。

暖炉も、金の白鳥の口も、レインシャワーも、ドイツ製の食洗機も

タッチレスセンサーの水栓も螺旋階段も。アイランドキッチンだろ

うと、クローズドだろうと、どちらでもよかった。どうせ、ショッ

ピングセンターで買い出しして手料理なんてそんなつもりもない。

リタイア後の静寂を楽しむための家なんだから。


　私は青い窓枠の３連の窓の前で口は半開きにしたまま、声も出せ

ず、雷にでも打たれたように、いや、これがトランス状態というも

のか？ただじっと立ち尽くしていた。


　　　　　　　　　　　　


　「はじめてですよ！」今度は寝室からなのか、別の方向から、引き

出しや扉を開け閉めするばったん音と共に営業マンの声が家の中で

響き渡った。


　　　　　　　　　　　　


　私は実は、青い３連窓のある台形に張り出した小さなサンルームの

ような場所にロッキングチェアを置き、朝から晩まで本が読みたいの

だ。それだけを夢見てずっと働いてきたのだ。そして理想はこんな

市松模様の石の床の上に！こんな家を、四半世紀、ずっとずっと探

してきたのだ。

　　　　　　　　　　　　


　「この窓ください！」私はやっとの思いでちいさく叫んだ。

体をぶるぶる震わせながら。


　「えっ？窓？どうしました？開きませんか？」営業マンの声が

また響き渡った

　　　



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　＊リサコラムは毎週水曜日に連載いたします。

p.s.１

窓をめぐるショートショート
はじまりました。
ご期待されずにお楽しみに！


p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２２年９月号です。


　　　　　　　　　　　


p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　


　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　 　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　



　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。