第２話 「白いベッドルーム」




　「先生、最近、同じ妙な夢をずっと続けて見るんです」エミリは

診療室の中に入るとすぐに、デスクについているＹ先生の表情を伺う

ように見た。


　　　　　　　　　　　　


　「そうですか。まあ、おかけなさい。立ったままでは落ちつかない

でしょ」Ｙ先生はエミリに窓の近くのひじ掛け椅子をすすめた。エミ

リは「すみません、いきなり、なんか焦ってしまって。急いで言わな

いと夢が現実になって、私に襲い掛かってくるような気になって、

それで…ほんとにすみません」エミリはよろけながら椅子に腰かけた

が、すぐにバッグからハンカチを出すと、顔と髪の毛を拭き始めた。


　　　　　　　　　　　　


　「大丈夫ですか？お水、持ってきましょうか？」Ｙ先生がそう言う

と、エミリは「いえ、大丈夫です。ありますから」と言うとバッグの

中をかき回して水のボトルを取り出し、震える両手でグイグイ水をの

どに流し込んだ。


　　　　　　　　　　　　


　「落ち着きましたか？さあ、ゆっくりで結構ですから、その夢の話を

続けてください」Y先生はセミロングのカールした美しい髪の毛を揺ら

しながらにこやかな表情を浮かべた。そして自分は立ったままでエミリ

の座る真向いの椅子の背に手を置いた。


　　　　　　　　　　　　


　エミリは大きくため息をつくと、「ありがとうございます。やっと

落ち着きました」と言った後で、「この１週間、昼も夜も同じ夢を見

るんです」と言って、Ｙ先生の背後の白い華奢な格子窓から外を見

た。街路樹が台風の風で大きく左右に揺れている。


　　　　　　　　　　　　


　「そうですか、どんな夢ですか？」エミリは「そのう…」と言い

かけ、口ごもった。そしてまた外を見た。「何でも遠慮なく言って

いいんですよ。どんなことでも聞きますから」「ええ、わかってい

るんですが、あんまり気持ちいい夢ではないので、ご気分を悪くさ

れるんじゃないかって、心配なんです」「いいえ、大丈夫です。ど

んなことでも話していただいて結構ですよ」「そうですが…」エミ

リはまた窓の外をちらっと見た。先ほどより街路樹は枝を大きく揺

らしているだけでなく、ぴゅーぴゅーという風切り音と共に、窓の

隙間から、微かな空気の流れが感じられる。


　　　　　　　　　　　　


　「心配なんです。こんなことを言うと先生はお優しいから、考え込

んでしまわれて…だって、答えはわかっているですもの…」エミリは

うつむいたままで、Y先生の方に顔を向けずに、また白い窓の方に視

線を移した。「答えがわかっておいでなら、予想される答えから先に

おっしゃっていただいても結構ですよ」「とても、そんなぶしつけな

ことは…」エミリは大きく頭を左右に振って、またうつむいた。


　　　　　　　　　　　　


　「お顔をお上げなさい、エミリさん。私はあなたの悩みやモヤモヤ

した思いを少しでも減らして楽にして差し上げるために、ここにいる

のです。これまでも１年間、エミリさんのカウンセラーとしてお話し

を聞いてきましたから、今回もお力になれると思いますよ」「ええ、

でも、ちょっと…」「さあ、早速、そのお悩みの夢をお話しをなさ

い。そうでないと、カウンセリング時間もどんどんなくなって、時間

切れになってしまいますよ」Ｙ先生は茶目っ気のある口ぶりでエミリ

に笑いかけた。「ですね。そう、時間、時間もったいないですね」

「それに今日はあいにくの台風で、しかも、だいぶ接近してきたよう

ですから」「ええ、そうみたいですね。それでは、」エミリは居ずま

いを正すと、じっとＹ先生に向き合った。


　　　　　　　　　　　　


　「その夢と言うのが、この私が、夢のようにうっとりするくらいき

れいな白いベッドルームにいて、白いパジャマにベージュのカーディ

ガンを羽織って、ベッドの中で白いシーツに包まれて本を読んでいる

んです。私はそれを窓の外から見ているんです…」「いいですよ、続

けてください」「何か、こう、とっても幸せな気分で、これまでに味

わったことのない、極上のリゾートにいるような気分で、癒されてい

るんです」「それをエミリさんが窓の外から見ているんですね」

「はい、そうなんです」「ほう、それはいい兆候ですね、エミリさ

ん、いい夢ですね」「ええ、とてもいい夢です。その夢を見ている

時は、不安感も焦りも何もなく、気持ちがとても安らいで、幸せな

気分なのです。でも、」「でも、なんですか？」「その気分になっ

たとたん、ノックの音がして、誰かが、私に言うんです。『今日は

これで終わりです』と。そして、私は無理やりベッドから引っ張り

出されて、ドアの外に追い出されるんです」「それはよろしくない

ですね」「そう、そうなんです。しかも、そのドアの外は暴風雨

で、私はビルの外に倒れていて、それからやっと四つん這いになっ

て、ずぶ濡れになって、誰の助けもなく、ひとりで家に帰っている

んです」「なるほど、」Ｙ先生はちらっと窓の外を見た。


　　　　　　　　　　　



　すでに強風は街路樹の枝を折りながら荒れ狂っていた。

「先生、そんな夢がここ１週間、繰り返し、繰り返し、白昼夢に

なって、私を苦しめるんです。あの素敵な白い窓枠のベッドルーム

にいる間だけは幸せな気分なんですが、でも、かならず、ドアを

ノックする音がして、『今日はこれで終わりです』と言われて、

暴風雨の中に放り出されるんです。だから、苦しくて、苦しくて…」


　　　　　　　　　　　　


　Ｙ先生の細い顔は心なしか青ざめて見えた。そして、大きくひとつ

ため息をつくと、「なんとなく、おっしゃりたいことがわかりまし

た」と言うと部屋の奥のドアの前まで行った。


　　　　　　　　　　　


　「このドアの向こうに新しくできたばかりの休憩室がありますの

で、そこで、風が落ち着くまでお休みなさい」と言うとドアノブに

手をかけた。エミリは急いでドアに駆け寄ると部屋の中を覗いた。

「うっそ～！えっ、なんで？これです、私の夢の通りの部屋です。

こんな白いベッドルームだったんです。ああ、うそ～、夢みたい。

ほんとですか？ここでしばらく休んでいいんですね、先生！」先生

は無言でうなずき、「さあ、どうぞ」と言うと、エミリを案内した。


　　　　　　　　　　　


　「先生、あれは、夢だったのかしら？それとも、インスタで見た

のかしら？いや、正夢ってこのことですよね、ねえ、先生」エミリ

は穏やかな、夢見るような目でＹ先生の顔を見上げた

　　　



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　＊リサコラムは毎週水曜日に連載いたします。

p.s.１

イラストはiPadで描いていますが、
人の顔がとても難しく、最も時間がかかります。
ベッドルームの絵は簡単なのですが…
ちなみに文字はイブモンタンの
"les Feuilles mortes"枯葉の歌詞をアレンジしたもの
手書きです。


p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２２年９月号です。


　　　　　　　　　　　


p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　


　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　 　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　



　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。