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リサコラム
連載830回
      本日のオードブル

窓をめぐる
ショートショート

第3話

「二つの記念日」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



鬱蒼とした森を背に3軒の家
ピンクの壁の家は白い窓
ブルーの家は茶色の窓
一番手前の家は
レモン色の
壁に
白い
窓枠
白い
ドア
もう
間もなく夕陽は森に沈みます
乾杯の時間が近づきましたね


 



第3話
「二つの記念日」




 「君は、このホテル、長いんだろう?」半屋外のレストランバルコ

ニーで夕焼けを眺めていたアメリカ人の紳士は、ちょうど通りかかっ

たバトラーを呼び止めて尋ねた。


            


 「そう見えますでしょうか?」「ええ、見えるとも」「長いと申し

ましても、まだ35年ほどでございますから」バトラーはアメリカ

紳士にほほ笑んだ。その際、両手を軽く胃のあたりに重ねることを

忘れなかった。


            


 
「なんと、まあ、35年は短いというのか!35年前と言えば私

はまだこの世界を大人の目では見てはいなかったな~」「お客さま

はまだお若くていらっしゃいますから」「まあ、あなたから見れば

ほとんどよちよち歩きの赤ん坊と変わりませんよね」「いいえ、

ご立派な紳士でいらっしゃいます」「ハハハハハ」アメリカ紳

士は笑い始めた。「ここだけだよね、そんな風に私のことを紳士

と呼んでもらえるのは」バトラーはそれに対してイギリス紳士的

な態度を崩さず、「いえ、どちらに行かれましても堂々となさっ

ておられれば、そこその紳士として通用いたしますよ」と多少の

ジョークを交えることを忘れなかった。「なるほど、条件付きの

紳士か。まあ、それでもいいとするか。経済的には自立してはい

るし、ビジネスもまあ、成功したと言っていいと思う」そう言う

と、バルコニーの手すりをしっかりと握り、長身の体を斜めに倒

して、まるで、手すりでけんすいでも始めるのかという姿勢を取

った。


            


 「こちらにはいつまでご滞在ですか?」バトラーは話題を変えよ

うと試みた。「まあ、決めてはいないが、私を必要とする人間が私

を帰るように呼びつければ、帰るだろうが」「さようでございま

すか」バトラーはまた胃のあたりに両手を置いた。


            


 
「あと、どれくらいで日が沈むんだろうか?」「そうですね、」

バトラーは腕時計をちらっと見て、「今日はあと7分でございま

す」と答えた。「つまり、あと7分間はあのかわいい3軒の家を

見ていられるということだね」そう言うと、ちらっとバトラーの

顔を見てほほ笑んだ。「はい。と言うことは、あの家がお気に召

しましたか?」バトラーはそれ以上余計なことを言うのをやめた。


            


 「3つ寄り添うように建っているあのかわいい家を毎日、このバ

ルコニーから眺めていたら、なんだかここに住みたくなってね。

スイスのシャレーみたいに外観もそれぞれかわいいし、第一、3軒

がくっついて立っているのが何ともいいじゃないか。なのに、どの

家も似ていない。壁の色も窓の形も窓枠の色も、あのピンクの壁の

家は白い格子窓で。ああ、煙突があるから暖炉があるんだろう。

その手前のブルーの家は茶色い窓枠に緑色のカーテンが掛かってい

るようだ。その手前のレモンイエローの家なんて、見ているだけで

酸っぱくなるようなきれいな色だよね。それにオレンジ色のシェー

ドのようなものもいいね。しかし、どうしてあんな風にくっついて

建っているのかな?」


            


 
「きっと寂しんでこざいますよ。この辺りの人間はみな、孤立する

ことを好まないのです。誰かが困った時は助け合うのが当たりまえで

す。台風や大風が吹けば、一軒では倒れてしまうかもしれないですか

ら。こうして寄せ合った形で家を建てているのでしょう」「なるほど

ね。しかし、仲がいい時はいいが、人間だからいろいろあるだろう。

関係が悪くなったら、どうするんだろうか?」「そうならないよう

に、日ごろから協調しあっているのでしょうね、だからその現れと

して、家々が寄り添うように建っていると」「ああ、逆説的に

ね。難しいかもしれないが、隣人を愛せよということだね。それ

も悪くはないね」アメリカ紳士はじっと3軒の家を見つめていた。


            


 
「別荘にするにはどの家がいいだろうか?やはり、煙突のあるあの

ピンク色の家かな?それとも酸っぱいくらいなレモン色の家かな?

でも、それほど広くはなさそうだし、3軒まとめて買って住み分け

るなんていうのもいいね~そうか、そんな手もあるな~」紳士はす

っと背筋を伸ばして腕組みをした。「君はここに35年も勤務して

いるなら、あの3軒の家のこともよく知っているだろう。持ち主に

売る気がないかそれとなく聞いてもらえないものかな?やっぱりま

とめて3軒欲しいしな~」バトラーはすぐには「かしこまりまし

た」とは言わなかった。しかし、1歩、アメリカ紳士の方に歩み

寄ると、小声で言った。


            


 「噂によると、持ち主はまとめて3軒売りたがっているよう

です」「えっ、そうなのか?」「まあ、地元ですから、この辺りの

ことなら何でも存じております」「それはありがたい。私も世界中

いろんな場所を旅してきたが、ここほど、気候も良くて、環境もい

い場所はないからね。それに私には前妻の子と合わせて2人の子供

がいるが、子供たちもそろそろ結婚する年齢になっているから、

私たち夫婦と子供たちそれぞれが1軒ずつ夏の別荘として住むに

は好都合だろう。今、思いついたなんだが、なかなあいいアイデ

アだと思わないかい?」「ええ、すばらしいアイデアでございま

すね。それに素敵な夏の休暇になるでしょうね」バトラーはちら

っと時計を見ると、「もう、あと1分ほどで日没でございます。

私はこちらで失礼いたしますが、家のオーナーとの交渉がうまく

ゆくように取り計らいます」と言って、アメリカ紳士から部屋番

号を聞いた。


            


 
「実は、今日、私の誕生日でね。早速、妻にメッセージを送ろ

う!そうだ、シャンパンを1杯たのむ」アメリカ紳士は有頂天に

なっていた。「よいお誕生日、記念日になりますでしょう」バト

ラーはそう言うと軽くお辞儀をしてすぐにレストランの方に行っ

た。


            


 
アメリカ紳士はもうすぐ自分のものになる3軒の家の窓を照ら

す陽が森の向こうに沈んでゆくのを見ながら、幸せな気分に浸っ

ているようだった。


           


 
バトラーはレストランの厨房に入る時に誰にもわからないように

小さくガッツポーズをした。「これでやっとこの田舎から出られる

か!ニューヨークみたいな都会で暮らせるかもしれない」バトラ

ーはつぶやいた。仲たがいをしてそれぞれ都会に出て行った自分の

娘たちのために建てた3軒の家、それが10年目にしてやっと売れ

る。


            


 
「お待たせいたしました。シャンパンをお持ちいたしました。

こちらは私からの記念日のお祝いとして」バトラーにとっても

今日は記念すべき日になった




   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *リサコラムは毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1

隣の芝生は青く見える。
大きな家を見ると家の中も
幸せな空気がいっぱいのように見えます。
もちろん、そうとは限りませんね。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2022年9月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。













































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

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