第５話 「アストリッドの窓辺」




　私はアストリッドと言います。パリ11区のアパートに７年と１０５

日、住んでいます。そして今日で３０年と１０３日生きています。

金髪の髪をポニーテルにしてターコイズブルーのマフラーを首に

巻いています。


　　　　　　　　　　　　


　しかし、多くのパリジェンヌのようにカフェには行きません。

友人も恋人もいません。その代わり、おもちゃの木のパズルが

相棒です。


　　　　　　　　　　　　


　母は私が６歳の時に家を出て行き、父は警察官でしたが、亡く

なりました。そして私の上司でもある後見人もつい先日、事件を調査

していた犯人に殺害されました。そして後見人を失った私は３０歳で

やっと一人の責任ある大人と判断されることになりました。


　　　　　　　　　　　　


　私はパリの犯罪資料局に勤める文書係です。過去の犯罪の資料をデ

ータ化してそれを分析する仕事をしています。しかし、犯罪がおきる

と、ラファエル警視と一緒に犯罪現場に行って資料を調べ、犯人を割

り出すアドバイスをすることがしばしばあります。


　　　　　　　　　　　　


　犯罪現場では私はまず、空気を吸い込みます。部屋の空気の中には

それぞれ固有の匂いがあります。空気の中の分子ひとつひとつの中に

入り込んで、被害者、加害者の居たと同じ状況に身を置くのです。

それからじっくり観察します。すると必ず人間の体の自然な動きや

習性に反する点が見つかります。そこに何かの矛盾に気づくので

す。その矛盾があるところにパズルを解くカギのヒントがありま

す。そして、パズルを解くカギを見つけたら、クロスワードパズル

や、ルービックキューブみたいに、正解にたどり着くまでのプロセ

スを逆から追ってゆくのです。


　　　　　　　　　　　　


　もし、ある犯罪で使われた毒が分析の結果、テトロドトキシンだ

と判明したら、それがパズルのカギです。テトロドトキシンはふぐ

の毒で知られていますから、そこから日本料理店に関わっている人

物にスポットを当て、調べます。犯罪者は計画的であれ、発作的で

あれ、手に入りやすいものをまず凶器とするからです。私が犯罪現

場に行くことになったきっかけは亡くなった父が警察官で、父が私

にパズルを与えたからです。実は、私は小さい時から人と会話をす

るのがとても苦手でした。他人の感情を推しはかることができない

からです。だから、相手に親身になったり、お世辞を言ったり、相

手が喜ぶ言葉をかけることができません。自分の感情や思いすら言

葉にすることが苦手なのです。そんな私は子供の頃に自閉症と診断

されました。だから、ひとりでパズルを解くことが私にとって唯一、

夢中になれることだったのです。そしてある日、父が自宅に持って

くる犯罪調書を見た時、これは、現実に起きているパズルだと思っ

たのです。それから私は犯罪の謎解きに夢中になりました。


　　　　　　　　　　　　


　３０歳になった今でも週に１度、自閉症の人たちが集まるクラブに

通っていますが自閉症は直ることはありません。それでも同じよう

に悩んでいる人たちと関わることで悩みを理解し合うことはできま

す。私はそのクラブ以外、どこか遊びに行くことはありません。

それよりも一人になれる自分のアパルトマンが好きです。


　　　　　　　　　　　　


　私のワンルームのアパルトマンは南西に窓があり、朝は黒からグレ

ーからに変わり、建物の形がはっきりしてきます。それから次第に青

く澄んだ空に変わります。日中は太陽に照らされた建物のグレーの屋

根が輝きます。日没に向かうと晴れた日は空の色が青紫になり地平線

に近い部分からオレンジ色に変ってゆきます。同じ長方形の窓の中で

さえ、刻々と変る外の景色があり、そして景色は毎日違います。時に

は飛行機雲がたくさんできている時もあります。


　　　　　　　　　　　　


　私の周りの人たちの多くは家や部屋の窓から同じ風景しか見えなく

て退屈だからバカンスに行きたいと思うようです。でも、私はそのよ

うに退屈することもなければ、気分転換ということをする必要を感じ

たことがありません。同じ部屋にずっといても、窓からの景色の変化

を見て、パズルを考えることで満足するのです。


　　　　　　　　　　　　


　こんな私を周囲の人は、「変人」「神経質」「非社交」だと呼びま

す。しかし、私の側から見れば、そんな人は「平凡」「鈍感」

「非科学的」と見えるのです。結局、自分が基準だとして周囲の人間

を判断しているだけで、私は人間の感情の分析より、人間が起こした

行動を科学的に分析することの方が得意というだけです。


　　　　　　　　　　　　


　そんな私をかわいそうだと言う人もいますが、私は自分をかわい

そうとは感じていません。自分の部屋と窓からの景色と犯罪の解決で

満足しています。もしかしたら、私のことをかわいそうだと言う人た

ちの「幸せ」というものが、私の「満足」というものなのかもしれな

いと思います

　　　



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　＊リサコラムは毎週水曜日に連載いたします。

p.s.１

「アストリッドとラファエル　文書係の事件録」
という刑事ものシリーズ、シーズン２が終わりました。
物語に実際に登場するアストリッドという
ちょっと不思議な女性のことを想像を
交えて書いてみました。


p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２２年１０月号です。


　　　　　　　　　　　


p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　


　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　 　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　 リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　



　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。