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リサコラム
連載865回
      本日のオードブル

スキャンダル・ イン・
ホテルモリス

第8回

「トラップ」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



水色の
天井から
8灯の大きな
シャンデリア。
スワッグ&テールの
ゴージャスなカーテン
とお揃いの色のようです
ピンクベージュソファには
若草、黄、紫、水、濃緑色の
5個のクッションが並んでいます
アームチエアには水色のクッション
カラフルで、ビビッドなインテリアは
センスのあるマダムのコーディネート?





 



第8回 トラップ



 私たちはMr.モリスがむいてくれた果物を食べ終わると、おしぼりで

手を拭いた。そして彼は何の思惑もない口ぶりで私に尋ねた。

「君はペンキ塗りやったことあるんだっけ?」


            


 私はとっさに、「あの、」と言って、言葉を濁した。それは彼の

次のリアクションを想像したからだが、私には常に相手の発言の裏

を探る癖があるらしい。もちろん、勘ぐっているわけではないが、

妻は私が言葉を濁す癖を嫌がる。私が想像した彼の次なるリアクシ

ョンの1つ目は、もしできないと言えば、「教えてあげるよ。一緒

にやろう」と言うこと。ペンキ塗りができると言えば、「今からペ

ンキ塗り手伝ってくれないか?」と言うこと。3つ目は「留守中

に、そこと、ことをペンキ塗りして欲しいんだけど」と言うことだ。

私はその三択のどれにも賛同したくなかった。


           


 ペンキ塗りなどという高等な作業をやったことがない上に、他人の

家の、しかもこんな素晴らしい邸宅の壁にペンキなど塗れるわけがな

い。掘っ立て小屋のどうでもいい壁に塗るなら別だが、完成された屋

敷の一体どこにペンキを塗ると言うのだろうか?まず、ペンキがはげ

てるような場所などあるわけがない。さらに、私は家事など何もでき

ない。にもかかわらず、彼の家を2カ月間、面倒を見ると言ってしま

い、すでに途方にくれているくらいなのに、ごく近い将来、ペンキ

塗りをしなくてはならない事は確実なのだろうか?掃除機くらいな

らかけられるかもしれないが、こんな高級な家具調度品のある部屋

に掃除機がまともにかけられるだろうか?普段、狭いマンションの

掃除機かけですら、妻にせっつかれて嫌々やっているのだから。そ

んな私がペンキ塗りなどできるものか?それなのに…私は答えに窮

していたが、やっと空恐ろしい気分で、「いや」とだけ答えた。


            


 「それじゃ、ちょっと客間に来てくれるかな?」彼はそう言うと、

コンサバトリーを出て廊下をスタスタ歩き始めた。私は慌てて後を

追った。


            


 「客間?他にそんな部屋が?」「ああ、普段ほとんど使わないか

らね。誰か来ても、リビングとキッチンか、テラスとコンサバトリー

くらいで十分な感じだし。だけど、一応、客間っていうのがあって…

そこはまぁ、言うよりも見せたほうが早いから…」彼はそう言いなが

ら鏡のように光る廊下をずんずん歩いた。彼は歩くのが非常に早い。

1
人で暮らしているのに、そんなに急ぐこともないだろうに、どうし

てこんなに歩くのが早いのだろう。私は時々小走りになって長い廊下

を彼の後をついて歩いた。


            


 彼の家は知っていたつもりだったが、廊下には開いたことのない

ドアがいろいろあった。「すごいね、まだ部屋があるの?」「物置と

かそんなもんだけどね」


            


 やっと廊下の突き当たりまで来て、彼が白いドア開けると、

そこは30㎡くらいの部屋だった。もちろん私の生活とはかけ離れて

いるが、私はその豪華さに目を見張った。森に面した出窓にはなんと

表現したらいいのかわからないが、結婚式場か高級ホテルの部屋にな

らありそうなブルーグリーンのカーテンが天井近くから下がってい

た。


            


 「すごいね!」「そうかな?」彼はほとんど感情を込めずに答え

た。「すごいに決まってるじゃないか!」私はもう、笑うしかなっ

た。「だってこのカーテンの上の、これなんて言うんだっけ?私は

カーテンの両サイドと真ん中に巨大な短冊のようなものを見つけて

指差した。「ああ、これね、これはまぁ、ヨーロッパのカーテンに

よくある飾り物だよ。別にこんなもの、なくてもいいんだけど。母親

が来た時にこの部屋を使うものだから、これは全く彼女の趣味だよ」

「へ~、お母さんの趣味か、すごいね」インテリアに関してはまるで

縁のない私はそう答えるしかなかったが、天井から下がっているもの

がシャンデリアだということだけはわかった。


            


 「あのシャンデリアの、筒型の、あれは?」

「ああ、シェイドのこと?」彼はちょっと上を見て指さした。

「それ、それ、それもカーテンと同じ色なんだね」「ああ、そうら

しい。彼女は色にうるさくてね。まあ、昔からね。僕が小学校の頃

から。休みの日に着ていく洋服とか靴とか手提げカバンとかも全部

母が決めていたからね。僕自身はどうでもよかったけど、反抗する

理由もないから黙って従っていただけだけどね」「へー、やっぱり

おれとは違うなぁ」私は初めて自分のことを「おれ」と言った。

「お母さんが洋服のコーディネーターか、そんなお母さんもいるん

だね~」「子供の教育にとってはいいのかどうか、まあ、子供はめ

んどうなだけだよ」彼はそれだけ言うと、もう子供の頃の話は辞め

たいようだった。


            


 「そういうわけで、この部屋は母の趣味ではあるんだけど、僕は

どうもこの黄色い壁が気に入らなくてね」「気に入らない?お母さん

の趣味でいいじゃないの?」「めったに来ることはないし、でも、

僕が、妙に気になってね。一度気になったら、ずっと気になって、

嫌なんだよね、この黄色い壁が。だから、この壁を塗り替えたくて。

ここの部屋だったら素人が塗って多少失敗してもどうってことはな

いから」


            


 私は急いで否定した。「そりゃないだろう。お母さんが来られ

て、『これ、何?こんな色、好きなじゃない』なんて言われたら

どうするんだ?それこそ大変なことじゃないの?」「まぁね、その時

はその時で…何と言ってもここは私の家だからね。他人にいろいろ言

われる筋合いもないんだよ」「そうだけど… 」「まぁ頑張ってみよ

うよ、」「いや~、ずぶの素人がやって汚くなっても、保証なんか

できないよ」「大丈夫。教えてあげるからさ。とにかく他にもいろ

いろあるから次に行こう!」


 「他にもいろいろある?」私は嫌な予感がした。「他にもいろいろ

って一体どんなこと?」「大した事はないから」「大した事はないっ

て、ペンキ塗りは大した事だよ~」そう言ったが、彼はそんな私の

言葉は聞こえなかったかのように、ポケットから四つ折りの紙を取

り出すと丁寧に広げた。


            


 「留守中にやってもらいたいことのリストを書いたんだけどね。

さっき言ったペンキ塗りは①で、次が、②床磨き。最近、床磨きま

で手が回ってなくて。全部の床を磨いてもらえないかなと思って。

2か月間に1通りでいいから。道具は全部そろっているしね」私が

啞然としているのを彼はまるで気にもかけずに続けた。


 「まず、モップでホコリを取る。次に床用洗剤をスプレーして雑巾

がけをする。その後、もう一度、拭き上げる。次にワックスをかける

んだが、コツは自分の手の届く1m位先から液を振りまいて後退しな

がら、まんべんなくワックスを伸ばす。30分ほどおいたら乾いた布

で拭きあげる。その後もう一度力を入れて磨く。ワックスがけはこの

程度の単純なことだから説明はもういいよね」「ちょっと待ってくれ

!それって、いろいろある項目の1つなのか?それとも今言った5、

6項目の1つずつがカウントされているってこと?」「カウントっ

て、ワックスがけは全部入れて一項目だよ」彼は事もなげにそう言う

と、「3番が…」と始めた。冗談じゃないよ。この家、どれぐらいの

広さがあると思っているんだ?まさか、床磨きを一人でやれってこ

と?私は強い動悸を感じたが、彼には私の心臓の音など聞こえてい

ない。


            


 「…窓掃除。約8割でいいよ。2割は高窓だから、はしごがいるか

らね。そんな危険なことはやらせられないから、僕がやるよ。もち

ろん道具は全部そろっているから、心配ご無用!」心配ご無用だっ

て?狭いマンション住まいの私にとって、窓の8割は私の家の100

倍はあるのだから。


★彼はそのままリストを読み続け、私は上の空で黄色い壁を見てい

た。「あの、黄色い壁、素敵だと思うけどね」私はつぶやいたが、

彼には聞こえなかったようだった。


            


 私は木の切り株に頭をぶつけて脳震盪を起こしているうさぎ同然の

ぶさまな顔をしていたと思う。これはもしかしたら、わなか?トラッ

プにはまったうさぎなのだろうか
?




   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *2023年4月よりリサコラムは毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1

 ブルーグリーンのカーテンに黄色い壁
合っていると思うのですが…


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2023年5月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。













































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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