MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載869回
      本日のオードブル

スキャンダル・ イン・
ホテルモリス

第12回

「仮定法過去」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。





三日月夜は
何かが起きるか、何も起きないか
窓からいつものビルの景色が
見えるのは変らないけれど
今日、三日月と一緒に
眺めるかどうか
それも
やっぱり確率の問題かも





 



第12回 「仮定法過去」



 「…でも、まだ、家には帰り着いていないんだね?」

「ああ、そうだけど、こんな夜分に突然、電話して悪かった。で、

開店祝いも忘れてて、一言、お祝いを言いたくて…ほんと申し訳な

かった」私は彼が無事であることにほっとすると同時に、申し訳ない

気持ちがこみ上げていた。「そんなの、いいよ。電話してくれただけ

でうれしいよ。でも、まぁ、そういうことだから、それじゃ」

Mr.
モリスはそれだけ言うとあっさりと電話を切った。私はタクシー

乗り場の列から離れてまた駅のホームに向かった。


            


 さっきまで今すぐにでも彼の家に飛んで行こうと思っていたが、

もう、家に帰るしかなかった。妻からは「今日は軽井沢の友人の家

で誕生日パーティ。で、遅くなりそうだから、彼女の家か、ホテルに

泊まります」とメッセージが入っていた。私はそれを確認すると、

8番線の電車に揺られ自宅へと戻った。


            


 自宅マンションに帰ってくると「週末は合宿で~す!」と息子の

簡単なボイスメッセージがあった。そっか、週末は一人ぼっちなんだ

な。私は濡れた服を脱いでシャワーを浴び、バスローブを羽織ると

リビングの窓から外を眺めた。


            


 雨はすっかり上がり、雲の切れ間から三日月の美しい月が出てい

る。モリスの家はあの山を越えた先にある。そう、遠くない場所な

のに、もうとても遠い場所になってしまった。あれからもう2ヶ月

半、かえすがえすも…私はモリスの家に最後に行った日のことを思

い出していた。


            


 「いやいや、仮定法過去は、やめよう!」私は頭を振った。それは

彼が学生時代よく言ったせりふだった。「もし何々であったなら、」

と、現在の事実と反する内容を過去のある時点に立ち返って後悔の念

を述べる時によく使う話法だが、彼はそれを嫌いだと言った。「なん

で?」私は聞いたが、彼は特に説明はしなかった。しかし、私は自分

の人生を振り返るとき、仮定法過去で考えるしかなかった。もし、〇

〇高校に行かなければ、もし、私が別の会社に就職していれば、

もし、今の妻と出会っていなければ、もし、日本に生まれていなけれ

ば、などなど…「もし、あの時彼の依頼を快く受け入れていたら…」

私はそう言った後でまた、ため息をついた。今さら、どうにもなら

ないことだが、メンテナンスをめんどうがらずに2カ月間、あの家

を守っていたら、今頃どうなっていただろう?庭木の1本1本から、

いや床板の1枚1枚に彼の魂が込められたあの素晴らしい家は、私が

あれほどまで憧れた生活だったのに。にもかかわらず、私が断ってし

まったために彼はあの家を手放すことになってしまった…いずれにし

せよ、私にはあの家を守れる能力はなかったんだから結末は一緒

だ。私の思いは堂々巡りをした。しかし、あそこまで手をかけた家を

手放すどんな理由があったのだったろうか?彼の依頼を断った手前、

その理由を聞く資格はないと思い、追求はしなかったが、あそこまで

必死になって作り上げた家をあっさり手放したと言う事は、最初から

そういうつもりだったんだろうか?私はそこがどうにも理解できなか

った。


            


 今は、もう吹っ切れたように、パン屋の内装工事の後は、賃貸マン

ション経営にも乗り出し、さらに別の家を建てる計画だなんて、

「そんなに簡単にやってくれるなよ」私はひ弱な声で小さく叫んだ。

私なんて、この2ヶ月で何ができたかと言われたら、何もたいした

事はやってはいないような気がする。私はこれが最後だと自分に言

い聞かせながら、もう一度最初から、あの時のいきさつを仮定法過

去で考えてみることにした。


            


 彼の家に最後に招かれたとき、もしも、彼の手料理を私がことも

あろうに、わざとひっくり返していたらどうなっていただろう?彼は

何と思っただろうか?怒っただろうか?いや怒るより不思議がったか

もしれない。私はその時、変な気になって、そんな悪魔のシナリオ

を描いたものの、実際にはやれただろうか?やれたとしても、彼の

反応に対する反応を用意してはいなかった。彼なら、その時、今ま

でたくさん読んできた小説のシナリオを思い浮かべるだろう。こん

な悪さをする人間が、どんなことを考えているのか?と、精神分析を

始めただろうか?あるいは、静かに、「やっと本性を現したな、こん

な性悪人間だったのか!わかった、今すぐここを出ていけ!」と言っ

たかもしれない。すると、性悪人間の私は出て行くことになる。そう

なると必然的に彼は私にこの家を2か月住んで欲しいとは言わないこ

とになる。つまり、私はモリスの家には住むことはなかったとなる

と同じ結果になる。


            


 しかし、もし、彼が、「出ていけ!」とは言わず、私を性悪人間だ

ったのかと結論づけることなく、別の理由を探したとしたらどうなる

だろう?私は三日月が黄みがかった白い光をさらに強くしていること

に気づいて反射的にスマホを三日月に合わせると、写真のボタンを

タッチした。


 スマホはゆっくりと撮影を始めた。露光時間を長くするために、

スマホはシャッター速度をとても遅くしているようだ。私はじっと

月に照準を合わせた。もし、私の心根が曲がっているなら、彼はと

っくに知っているはずだから、私たちの関係はここまで継続しては

いないだろう。しかも、私は時にこんな短気な性格を表すことも彼

は知っている。そして、今は、彼の境遇に私が秘かな妬み心を持っ

ていることも知っている。それでも、彼は私にあの家を任せてみよ

うと思ったのはなぜか?私は三日月を見ながら彼との40年の付き

合いを思い出していた。


            


 それはいつだったか、彼が私に「面白いから読んでみて」と貸し

てくれた本があった。それはまだ彼の書斎にあったジェーン・オー

スティンの『高慢と偏見』だった。私は読み終えて、その本を返し

ながら、「高慢と偏見に満ち満ちたドタバタ喜劇が今一つわからな

い」と言った時、彼は「ダーシー氏が、エリザベス・ベネットに、

他人に対するよい評価を一旦なくしてしまうことは、永久になくし

てしまうことと同じことだと打ち明けるシーンがあるけど、そのセ

リフに対して、著者のオースティンは『執念深い怒りというものは

性格の陰りですね』とベネットに言わせている。つまり、オーステ

ィンは、怒りっぽい性格のダーシー氏を批判しつつも、それは一時

的な性格の陰りだととらえられる慎重さを持っていることを意味し

ているんだよね。しかし、それは慈悲深さを説いているのとは違う

と思っている。僕は確率の問題だと言っているんだと思う」とそう

驚くようなことを言ったことがあった。私はそのとき、彼の読みの

深さと同時に確率とは何なんだ?と彼の言わんとすることがまるで

わからななかった。


            


 しかし、今、なんとなく、彼の言ったことがわかるような気が

した。一時的な性格の陰りが人にはすべてあるということは、

今日、それに当たるか当たらないかという、確率の問題だと言いた

かったのかもしれない。だから、確率が支配する中では人の真の評価

は長い付き合いの中でしか判断できないと。私が彼の手作りの料理を

ひっくり返すのが先か、彼の手が当たって、料理の一皿を宙に舞わせ

のるのが先かの確率の問題だったように。


 「カシャ」とスマホが音を立てた。その長い数秒間はモリスと

私の間にピリオドを打ったように私には思えた



   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *2023年4月よりリサコラムは毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1

 仮定法過去、条件法現在、接続法現在、接続法過去
語学と数学、時に似ているように思います。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2023年6月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。













































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.