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リサコラム
連載920回
      本日のオードブル

『Audrey』

第10回

「議長とオードリー」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つデザイナー。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




若草色の

プリーツの肘までのシャツが

長い腕を包み、

細い脚は組まれて

ブルーのエプロンをかけて

ひじ掛け椅子に座る

議長は主婦に戻った。



 



第10回 「議長とオードリー」



 
 「大変残念ではございますが、このたび、『オードリー・クラブ』

の議長を辞任させていただくことをお伝えいたします。私では力不足

だと感じましたためでございます。適任者が見つかるまで、オードリ

ー・クラブの活動は一旦、休止とさせていただきたいと存じます。」

議長は簡単なメッセージをパソコンの画面に打ち込むと一斉配信の送

信ボタンに手を触れた。そして小さくため息をつくと、これまでの非

常に長かった、クラブ設立までの準備期間のことをゆっくりと反芻し

始めた。


            


 議長という肩書を得る前は主婦業だった。そして子育てを終えた

ある頃から、アクティブだった頃のことを思い出して、何か後に残

るようなことができはしないかと思ったのが始まりだった。それま

でずっと家族と夫の世話に日々を忙しく過ごし、自分自身の個性と

いうものを失い、ただ、母親、妻という立ち位置しか残っていない

ことに気づかされたのだった。友人たちとも話を交わす中で、同じ

ようなことを考えている人が少なくないことにも気づかされた。

もちろん、それではいけないとは思ってはいないが、社会の中で

の位置づけはなく、家庭の中の妻、母親でしかないことに、焦りと

不安と虚しさを重ねる日々だった。


            


 独身の頃は仲間とバンドを組んでアーティストへの道さえ模索

した。時々、プリズムのような屈折した光を放ちながらも、多くの

交友関係を持ち、愉快に、充実した日々を送ってきたような気がす

る。しかし、アーティストへの夢は職業につながることはなかっ

た。そして、OLを経て、結婚、子育てで、朝から晩まで、家の

中を右から左、上から下へと行ったり来たりを繰り返すだけで、

心躍る出来事などもほとんどなく、そして、自分自身の成長もな

い気がしていた。もしも、今から自分にできる事は何だろうと考

えていたときに、歌が歌えることと、学生時代、キャンパスガー

ルに選ばれたことがあったことを思い出した。その頃がもっとも

輝いていて。夢も希望もあり、不可能という言葉を知らなかった

よい、そして青い時代だった。


            


 そんな焦燥感に捕らわれていたある日、『ティファニーで朝食

を』の主題歌が、つけっぱなしのテレビから流れて来た。「キャ

ンパスガールになったという変なプライドで、よくも、『ティフ

ァニーで朝食を』のシーンをやりにニューヨークまで行ったな~

Moon river~♪ああ、美しい響き…」彼女はその時そう、つぶや

いた。掃除機を片手に画面に見入った後、もしかして、人生を間

違っていたのかもしれない、やり直せはしなくても、もしかし

て、私にも活躍できる場があるのかもしれない、オードリー・

ヘプバーンみたいに美しく、みんなから愛され、そして最後は

自分の人生を犠牲にしてまで恵まれない人に尽くしたそんな生

き方のお手本の片鱗にでもなれたら…彼女はよく、オードリー

・ヘプバーンに似ている点を探そうとした。身長170cm、手足

が長く、パッチリした大きな黒い目、彼女がオードリーに似て

いると自認できることはそのふたつだった。


            


 「私だって、夢を見てみたい」、彼女はその時、感じた。

そして、若かりし頃に作った、『ティファニーで朝食を』を真似

て作った黒いスリムなドレス、そして『麗しのサブリナ』の裾が

大きく広がったパーティドレス引っ張り出してきて家族がいない

時に、ひとりファッションショーしてみたりもした。そのうちに

何とか、もう一度、このドレスを誰かに見せる機会はないもの

かと思案しつつ、ぼんやりとした確実性もない何かに実現を託し

たものが、オードリー・クラブの設立だった。


            


 「もしかしたら、私だって、爪の先位なら、オードリーの生き方

の真似ができるのかもしれない」、そう思って、髪の毛をアップに

してみたり、普段はスニーカーしか履かないのにハイヒールを履い

てみたりもした。



            


 「昔見た夢をもう一度、見てみたかったのよね。それなのに、

こんなに多くの人を巻き込んでしまって…」議長はキーボードを見

ながら、問わず語りを始めていた。「オードリー・クラブでオード

リーのファンともっと交われば、何かもっと、違う何かが生まれ

て、もう一度、若かりし頃のワクワク感を共有できるかもしれない

ってね…」しかし、現実にはオードリー・クラブの設立には様々な

事務的な問題も起きた。かなりの出費も強いられが、それでも何

とか第1回目の会合にこぎつけることができた。そこまではよか

ったが、しかし、オードリー・クラブに集うメンバーは想像とは

かなり違う人々だった。さらに最後の庭園でのパーティでは、ち

ょっとやりすぎてしまった。ゆでただけのにんじんをメインディ

ッシュに出したところで、非難の嵐に巻き込まれた。まさに気を

照らいすぎたといえると議長としては失敗を認めざるを得ないと

ころだった。


            


 まず、クラブのメンバーは、それぞれに強い自我のある人間た

ちであり、さらに飛躍した自分自身を目指したいと思いを持った

人間ばかりなのに、背番号をつけて管理しようと思ったところか

ら間違いだった。理想&理念とクラブの運営のスキルは全く別も

ので、新たな問題が発生してきても、それをスマートに解決する

能力がなければ、クラブの議長は務まらない。


            


 今、あらためてオードリーは家庭の主婦という側面も、妻とい

う側面も、母親、大女優、スターという側面も持ち合わせ、さら

にはユニセフの活動さえ行った、超人と言える努力の人だったと

彼女は思った。だから没後30年も経った今でも、彼女をしのぐ

女優が現れないのだと。


            


 「自分にはとても真似できそうにない」今は率直にそう思えた。

オードリー・クラブを立ち上げたのも、単にもう一度、あのドレス

を着て、みんなの前に立ちたかった。それだけではなかったのだ

ろうか?それがためにコンペをやり、津々浦々からメンバーを集

合させ、会議なるものを開き、さらには尻切れトンボの会食で終

わらせてしまったのかもしれない。落胆した人も多かった会合は

結果的には失敗に終わったのだとも思った。正当化する理由もな

いとわかっていた。


            


 彼女は議長という役目を脱いで、エプロンをしたまま、どさっと

肘掛け椅子に腰を下ろした。そして近くにあったオードリーの自伝

的小説を開いた。

            


 これから先どうしたらいいのかはまるでわからなかった。もちろ

ん元の通り主婦業を続けるには何ら障害もなければ問題もなけれ

ば、誰も文句を言う人もいない。だけどそれが嫌だったから始め

たことだったのに…彼女の思いは過去未来形と今を行きつ、戻り

つした。大きな瞳から涙がこぼれ落ちても、まだ自分には新たな

夢があると感じられたらもっとよかったかもしれなかったが、彼女

が次に考えたのは、今日の晩御飯は何にしようかということだっ





      



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1

オードリー・クラブはどうなるのか?

議長の思いは複雑。みんな複雑。

私は、シンプルですっきりした部屋にいたい。



p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
「もの、こと、ほん」は下の写真から、2024年6月号です。



           


p
.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

    の英語版です。

    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”

    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:

    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に

    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに

    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 







































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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