MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載950回
      本日のオードブル

『名画の中へ』

第2話

「マリーの帽子の飾り」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つデザイナー。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。





マリー・アントワネットの

有名な肖像画に見えますが、

なんだかちょっと違うような…

手は本、そしてスマホも

持っていますね。




 



第2話  「マリーの帽子の飾り」



 「『パリの人々は、すべてを従える隷属の体制にすっかり辟易

(へきえき)していた。そうしたパリも、ほっと安堵の息をつい

た。ああ、やっとどうにかこうにか自由がくるのだという希望の

中で。権力を乱用していた多くの者たちの権威も、終わりを迎え

るのをついに目にできるのだ、という喜びの中で。』*これは、

ある人物が亡くなったときのパリ市民の様子を描いた文章です。


            


 唐突にごめんなさい。私はビジェ=ル・ブラン、ファーストネ

ームはエリザベート。彼女は親しみを込めて私をエリザベートと

呼んで下さいました。そう、私はマリー・アントワネットお妃様

専属の肖像画家のひとりだったのです。


           


 2025年の今から、232年前、お妃様、マリー・アントワ

ネット様は亡くなられました。バスチーユでの襲撃事件から4年

後の1793年のことです。その時、お妃様は37歳、そして私

も同じ37歳でした。お妃様も私も同じ1755年生まれなので

す。


            


 当時、革命が起きて、身の危険を感じた王様一家は庶民に扮して

馬車で逃亡を図られましたが、途中で身元がばれて捉えられ、パリ

に連れ戻されると、塔に幽閉されました。そして私はお妃様の絵を

描くことはできなくなりました。



            


 この絵は、お妃様が1輪のバラの花を手にしている肖像画です。

彼女の真っ白い肌が透けるくらいの薄水色のシルクシフォンのドレ

スは、その肌をさらに美しく見せていました。襟元のわずかにグレ

ーがかったフリル、たっぷりしたパフスリーブが彼女の知性と優雅

さも表していると思います。私はこの美しいドレスを細心の注意を

払って描きました。シワの11本まで。


            


 そう、さっき、いきなりけむに巻いた、パリ市民の安堵した様子

は、国民は飢えているのに、贅沢三昧の生活で、『パンがなければ

ケーキを食べればいいといいじゃないの』と言ったという、悪名高

い偽名言で世間知らずなお妃としてずっと後世に語り継がれてきた

マリー・アントワネット様が革命広場に群がる民衆の前で処刑され

た1793年10月16日のことではないのです。もちろん、愛妾

も持たず、錠前作りが唯一の趣味だった王、ルイ16世様が処刑さ

れた、同年、1月21日の時のことでもないのです。お妃様が処刑

された時、見物していたパリ市民の多くが『Vive La France

(共和国バンザイ!)』と歓声を上げたのは事実です。


            


 しかし、実は、侵略戦争に明け暮れて、一般庶民に重税を課し、

多くの餓死者を出し、ヴェルサイユ宮殿を建てた太陽王、ルイ14

世が宮殿の豪奢なベッドルームで息を引き取った時のことを言って

いるのです。1789年のフランス革命が起きる100年前から、

ルイ14世の72年に及ぶ圧政の中で一般の民衆は『破産し、圧迫

され、絶望していた』のです。この文章は宮廷につかえた貴族出の

サン・シモン侯爵が退役後に表した膨大な『回想録』(メモワール)

という本の中に入っています。つまり、ルイ14世の死を悲しん

だものがひとりもいなかったというと言うのが、サン・シモン侯爵

の容赦のない意見なのです。おそらくそれは事実でしょう。


 サン・シモン侯爵は私がこの世に生を受けた1755年に80歳

で亡くなりました。そして、この宮廷を巡る社会と人間模様を描い

た彼の『回想録』は彼の死後、74年経った1829年に出版され

たのです。


            


 私はと言えば、マリー・アントワネットお妃様のこの絵の中の帽

子の大きな青紫色の羽飾りが贅沢三昧の悪い妃という誤謬の一旦を

担っているのではないかという疑念を持っています。今は動物愛護

の思想から、毛皮や羽で豪奢な装いを敢えてすることはマナー違反

になりました。もしも、羽飾りではなく、お妃様が手折ったバラを

お帽子の飾りとして描いていれば、その後のお妃様に対する印象は

大きく違ったのではないか、「パンがなければ、ケーキを食べれば

いい」が“マリー・アントワネット”のアイコンとして語り継がれる

ことも防げたのではないかと、そう思うのです。


            


 私はお妃が亡くなった後、ロシア、オーストリアなどヨーロッパ

中を巡りながら絵を描く放浪の旅を続けて生計を立てました。男性

が絶対優位の18、19世紀の時代にあって、女性が絵を描いて生

活を支えることは大変稀なことでした。しかし、同い年のお妃は私

を引き立てて下さり、そのおかげで、私のその後の画家人生があり

ました。


            


 ロシアではカタリーナ2世のたくさんの皇族の方々の絵も描きま

した。おかげでサンクトペテルブルグ美術アカデミーの会員になれ

ました。私がフランスに戻ったのは革命が起きてから13年後で

す。それからナポレオン・ボナパルト様一族の方の絵も描かせて

いただきました。しかし、いろいろあってスイスに移り、そして、

ルイ18世様がまた王位に就かれた時、またやっとフランスに戻

りました。お妃様、ルイ18世様、そして私は偶然ですが、同い

年なのです。そして私たちが生きたこの時代は本当に大変な時代

でした。島流しになったナポレオン・ボナパルト様がまたパリに

戻ってきて、100日天下をとり、そしてワーテルローの戦い、

戦争に次ぐ戦争、平和な時はありませんでした。そんなフランス

の異常で厳しい時代に私は生きてきました。それでも、生き延びら

れたからよかったのです。


            


 私が87歳でなくなった6年後には2月革命が起き、産業革命

によってあぶれた人々が貧困に陥り、食料価格が高騰し、深刻な

飢餓が起きたのですから。そんな時代には画家としては生きられな

かったでしょう。だから、もし、今、生きていれば、お妃様の帽子

の羽飾りをバラの花に描き換えて、バラを愛する優しい知的な人物

として後世に伝え、『マリーの真実』という本を世に出して、

たくさんのケーキを食べ散らかす王妃、贅沢三昧を重ねて庶民を苦

しめた悪名高い妃という汚名を晴らしたいのです。マリー・アント

ワネットというアイコンが与える優雅な残り香、その社会的貢献、

経済波及効果は計り知れませんから。


            


 また同じく『崩壊と消滅から、もう逃れられないと絶望に浸って

いたフランスの地方の人々が喚起に沸いた』*と言われるルイ14

世の死と、しかし彼が築き上げた偉大な芸術、文化遺産をフランス

の巨大なアイコンと観光資源として無償で利用し、富を得ている今

のフランス、それを思うと、二人は同時に悪名高い偉大なる犠牲者

であるのかもしれません。一体、何が正しく、何が悪なのかはそれ

ぞれの時代が決めることであり、その度に歴史は解釈を置き換えて

ゆくのでしょう。


            


 ああ、返す返す、あの羽飾りをバラの花に…だれか、描き換えて

もらえないものでしょうか?




  



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1「ものことほん」でも書いたことのある

エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランという

長い名前の宮廷画家のマリー・アントワネットの

肖像画のひとつを模写しました。

原画には文中にあるように、

大きな青紫の羽飾りがあります。

バラに変えると、やさしい普通の女性にも

見えるかな?と井上涼さん的時代を飛び越えた

パスティシュな文章で失礼いたしました。


*文中のサン・シモンの『回想録』の訳文は

『まいにちフランス語』の講師の逸見龍生先生

の訳文です。



p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
「もの、こと、ほん」は下の写真から、2025年1月号です。



           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

    の英語版です。

    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”

    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:

    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に

    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに

    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 







































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.